番解除した僕らの末路
**L視点**
あっという間の出来事だった。
その日、僕は滞在中のホテルのチェックアウトの為にエレベーターホールでエレベーターを待っていた。
到着したエレベーターから降りた背の高い男と目が合った時、僕は滞在していた部屋とは違う部屋に連れ込まれていた。
「俺の運命」
男と僕は何かの熱に浮かされたように交わり、そして、その日のうちに「番」になっていた。
正気に戻った時には番のαの姿は無く、走り書きのメモと名刺だけが残されていた。
メモには「ここで待っていて欲しい」と書かれてあった。
僕はそのメモに「番解除を望む」とだけ書き込んで、元の場所に置いた。
僕は身だしなみを整えると、番になったαを待つ事無く、ホテルの部屋を出た。
そしてフロントでチェックアウトを完了させてタクシーに乗った。
「羽田空港まで。」
彼とは、きっともう二度と会うことは無い。
***
あの不測の事態から数日、僕の望み通りに番が解除された。
「番解除」されたΩは二度とαと「番」になることはできない。
10代の頃に患ったがんが再発した僕にとって、あの日の出来事と「番解除」は都合が良かった。
「番」ができた事で、僕は番以外のαのフェロモンを感じる事ができなくなった。
そして「番」以外の全てのαは、僕のフェロモンを感じる事ができなくなった。
それに加えて「番解除」された事により、僕は全てのαのフェロモンを感知する事ができなくなったし、僕のフェロモンを感知できるαも存在しなくなった。
もう二度と「番契約」ができない体になったのだ。
これで心置きなく、好きな場所で誰の目も気にすることなく余生を送る事ができる。
どうせ一年も経たずに消えるのなら、煩わしいヒートも必要ないからと、僕は卵巣と精巣の摘出をする事にした。
定期検査の日、僕は意気揚々と主治医である10歳年上の従兄弟、アーサーに摘出手術の希望を伝えた。
それなのに・・・
「摘出手術はできないよ。妊娠してるから。産むかどうか決めてからだね。」
「嘘・・・」
たった一回の、事故でしかないあの行為の結果が妊娠?
「再発する前、妊娠は絶望的って、言ってたよね?」
「99%の確率で絶望的だったんだけどね、奇跡だよ。残り1%で妊娠しちゃうとは・・・もしかして、運命だった、とか?」
「・・・・・」
「運命だったの?」
「もう解除されたけど・・・」
僕はあの日の出来事をアーサーに話した。
「・・・何で待たなかったの?」
「だって、あと一年しか生きられないのに、運命とはいえ初対面の赤の他人の事なんて煩わしいだけじゃん。妊娠は想定外だけど、産むよ。この子がいれば両親も僕の死後に気が紛れるだろうし、きっと大切に育ててくれる。両親に何も残せないし、恩返しもできないって思ってたけど、この子を残してあげられる。」
「父親には知らせないの?」
「名刺見たから、どこの誰かは知ってる。でも、」
「でも?」
「いくら運命でもさ、解除した相手だよ? この子の存在喜ぶと思う?」
「・・・そう言われると微妙だな・・・」
「でしょ? だから知らせる必要ないよ。」
「ルイ、ほんとにそれでいいの?」
「いいに決まってる。」
僕の心からの言葉と笑顔にアーサーは大きなため息をついた。
それから、慌ただしく時は過ぎていった。
36週目に帝王切開で出産する予定だったけれど、切迫早産で28週目に緊急手術で出産した。
産まれたのは男の子だった。
未熟児だったので新生児室の保育器に入っている。
でも、僕は僕の子供との面会は拒否した。
いや、したくてもできない状態と言った方が正しいかもしれない。
胎児を優先して妊娠中は薬を止めていたから、がんの進行が早くなっていた。
もう、ほぼ寝たきりで、痛み止めの点滴でもってるような状態だった。
妊娠していなければ海の見えるホスピスでのんびり余生を送るはずだったのにな・・・
でも、後悔はしてない。
ただ、子供の父親のことは、子供には知る権利があるからと説得されて、妊娠中期の頃に子供宛の手紙を書いて彼の名刺を入れた。
子供が15歳の誕生日になったら渡してもらう約束をした。
目もすっかり見えなくなって耳もあまり聞こえなくなった頃、僕の介助をしてくれている人が僕の手を握ってくれるようになった。
その手に握られていると、凄く安心できた。
痛みも和らいでいくような感じで、不思議だよね。
だから、僕は彼に色んな話をしたんだ。
彼に僕のことを知って欲しくてたまらなかったから。
どんな話でも彼は僕の手を優しく握りながら聞いてくれた。
でも、時間はあっという間に無くなっていった。
「愛してるって、あの子と・・・に伝えて。」
彼が僕の手を握っていてくれたから、彼に最後の言葉を託すことができた。
**R視点**
運命の番と出会えた。
けれど番った後で彼は姿を消した。
「番解除を望む」というメモだけ残して・・・
俺は彼を捜した。
俺たちが出会って番になったホテルのオーナーは祖父だったから、その伝手で彼の情報を手に入れた。
彼は日本と英国のハーフで、国籍は英国。
既に帰国していた。
彼を追って渡英しようとタクシーで空港にむかっている時に事故に巻き込まれた。
意識が戻った時には何故か番契約が解除されていた。
「どうして、番解除されたんですか? Ωから解除はできないですよね? まさか、彼の身に何かあったんですか?」
「お相手の方は・・・元気ですよ。」
俺の問いに祖父の秘書は淡々と応えた。
「貴方はここに運び込まれる途中で一度心停止したんです。けれど心停止から数分で蘇生しています。番が解除されたのは100%、貴方の一時的な心停止が原因でしょうね。」
そう言ったのは、俺の主治医となった同僚だった。
「そんな・・・」
「まずは体を治しましょう。彼の居場所は分かっていますから、早く治して会いに行きましょう。」
祖父の秘書の言葉に俺は頷いた。
「ああ、そうだな。早く治してルイに会いに行かないと。」
リハビリが終わって彼のいる英国に行けるようになったのは半年後だった。
***
「まさか君がルイの運命だったなんてね・・・」
俺の番のルイは、去年参加した医学学会で知り合った英国の医師アーサーの従兄弟だった。
ルイがアーサーが勤める病院に入院していることを突き止めた俺は、アーサーに連絡を取って面会を願い出た。
俺はルイと出会ってからのことをアーサーに説明して、ルイに会いたいと懇願した。
「ルイは余命があと数カ月しかない。それでも会いたいのか?」
「余命・・・?」
「君のところの調査はそこまで調べなかったのか? それとも・・・」
「多分、伏せられたんだと思う。」
意識を取り戻して、番解除で混乱していた時の事を思い出した。
祖父の秘書は俺の精神状態が危ういと判断してルイの病気の事は言わなかったんだろう。
「ルイは妊娠している。」
「え・・・」
「それも聞いていなかったのか?」
「聞いていない・・・」
「調査員は100%君の子だと確証が持てなかったんだろうね。」
「俺の子だ。」
「ルイの子供はルイの両親に託すから、君には渡せないよ?」
「それがルイの望みなら受け入れる。」
「ルイは視力が低下しているから君が誰か分からないと思う。」
「それでも、最後まで世話をしたい。」
「たった一度、一日にも満たない時間を過ごしただけなのに?」
「それでも、俺の番だ。」
「元、だろう? それにルイは番を望んでいない。こころ穏やかに余生を過ごさせたいんだ。」
「名乗らない、番だと言わない。だから、見守るだけでも・・・お願いします・・・」
「わかった。会話は厳禁。俺たちの指示に従うのが条件だ。」
「ありがとう!」
俺はアーサーの新しい助手としてルイの世話をすることになった。
会話は担当のナースに任せ、俺はアーサーやナースの指示に従ってルイの介助をした。
ルイが出産した後はルイの両親の厚意で我が子を抱くことができた。
息子とルイの病室を往復する日々が始まった。
日に日に弱って行くルイの介助だけを淡々とこなす日々。
「もう、耳も聞こえなくなってる・・・」
憔悴した顔でアーサーが言った。
「君、ルイの話相手になってくれないか?」
「話してもいいのか?」
「目も見えないし、耳も聞こえないから、君が何を話そうとルイが煩わされることはもうない。だから、ルイの話を聞いてやってくれ。」
「ありがとう・・・」
俺は朝から晩までルイの側にいて、手を握ってルイの一方的な話をきいた。
子供のころの思い出、両親のこと、アーサーのこと。
「僕ね、アーサーの事が好きだったんだ。でも、アーサーには番がいるから告白する前に失恋してるんだけどね。日本に、最後だからって一人で旅行する許可もらって、そこで僕は運命に会ったんだ。あんなに好きだったのに、運命の番の匂いを嗅いだだけでアーサーのことなんてどうでも良くなったんだよ。不思議だよね。一度も会ったことも話した事もない相手だったのに。僕たちは一瞬で恋に落ちて一つに溶け合って、お互いを理解できたんだ。錯覚かもしれないけれどね。でも、目が覚めた時、怖くなった。僕は長く生きられないし、彼に迷惑をかけたくなかった。だから番解除をして欲しいって書置きだけ残したんだ。でも、彼の名刺はどうしても持っていたくて、持ち帰ったんだ。子供が大きくなったらその名刺が入った手紙を渡してもらうことになってるんだよ。彼にとっては迷惑なことかもしれないよね。番解除したのに子供がいるなんて・・・」
ルイはそう言うと疲れたのか寝てしまった。
「迷惑じゃないよ。君のことも息子のことも愛してる。君の両親と協力して大事に育てる。約束するよ。」
俺はルイの寝顔に何度もそう言って聞かせた。
別れの日はすぐにやってきた。
「愛してるって、あの子と琉偉に伝えて。」
それが最後の言葉だった。
**蛇足・15年後**
俺は祖父母に育てられた。
時々、亡くなった俺の母親の従兄弟のアーサーと、その自称番で恋人?のヴィクトールが俺の親代わりに遊園地やら動物園やら、いろいろな場所に連れて行ってくれた。
そして毎月一回、祖母の遠縁だという琉偉おじさんが、プレゼントを持って会いに来てくれた。
だから、両親がいなくても平気だった。
俺は祖父母にもアーサーにも、ヴィクトールはちょっと微妙?だけど、琉偉おじさんにも愛されていると実感していたから。
でも、俺は琉偉おじさんが俺の本当の父親だということはずっと前から気づいていた。
だって、鏡に映る俺の顔、琉偉おじさんにそっくりなんだ。
これで気づかない方がおかしいよな。
でも、誰も何も言わないから、まだその時期じゃないんだろう、って気づかない振りをした。
15歳になった日の朝、祖父母から手紙を渡された。
「ルイからの手紙だ。ルイスが15歳になったら渡す約束だったんだ。」
「うん。」
「手紙を書いたころは視力がかなり落ちていたから、字が少し読みづらいかもしれない。」
「うん。ありがとう、部屋で読んでもいい?」
部屋に戻って手紙を開けると、祖父の言うように、少しどころか結構乱れた大きさのアルファベットが並んでいた。
「怪文みたいだ。」
思わずそう言ってしまうくらい、ぱっと見は怪しい手紙だった。
でも、内容は愛に溢れていた。
読み終わって、封筒に手紙を入れようとした時、封筒の中に琉偉おじさんの名刺が入っていたことに気が付いた。
Lewis's Dad
名刺の一番上に、ルイの手書きで、そう書いてあった。
***
毎年、俺の誕生日はアーサーたちを招いてディナーパーティをしている。
もちろん、琉偉おじさんも招待客の一人だ。
「琉偉おじさん、久しぶり。来てくれてありがとう!」
夕方、プレゼントを抱えた琉偉おじさんを出迎えた。
「誕生日おめでとう、ルイス。」
少し緊張した声で琉偉おじさんが言った。
祖父母やアーサーたちも俺と琉偉おじさんを固唾を呑んで見守っている。
「ルイの手紙、読んだよ。Louisと琉偉の息子だからLewisって、安直過ぎない?」
「女の子だったらLouiseだった。嫌か?」
「嫌じゃないよ。父さん。」
俺が笑顔でそう言うと、祖父母とアーサーたちはホッとしたような顔になった。
俺は父さんの手を取ってソファーに並んで座った。
「ルイと出会って、番になったあと、少しだけ話をしたんだ。お互いの名前がルイだってわかって、じゃあ、子供ができたらルイスとかルイーズにしてお揃いにできるねって俺が言ったんだ。君の名前がルイスって名付けられて、ルイがその時の話を覚えていてくれたんだってわかって嬉しかった。ルイス、生まれて来てくれてありがとう。愛してるよ。」
父さんは優しく俺の手を握ったまま、そう言って涙を流した。
「うん、俺もルイ母さんと琉偉父さんを愛してるよ。」




