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9.好きになってもいいですか?

 キラキラとした純粋な感情を向けられて、頬が熱くなるのを感じる。

 本の表紙を大事そうに撫でた彼は、それを再び本棚に戻しながら続けた。


「1年前に両親から領地を引き継いだ俺は、周りから結婚をせっつかれて居たんだ。そんな時にリセの噂を聞いた。ずいぶん前に社交界でそんな髪と目の色をした女の子を見たことがあると」


 さすがにその頃になると手繰り人伝説はおとぎ話だと理解わかっていたが妙に気になった。伝承と同じ色の令嬢ならさぞ周囲から大事にされているだろうと思ったのだが、周囲の貴族は誰もその話を知らず、当のディリング家にもあっさりと求婚を承諾されてずいぶんと驚いたらしい。


「でも、こうして巡り合えたんだから、今はその直感を信じて良かったと思っている」


 ここで少しおどけたように笑ったユーリは、明るくこう続けた。


「それに案外、リセは本当に幸運の女神かもしれないぞ? なんせ今回の遠征はありえないぐらい順調で、いやほんとすごかったんだ。神がかり的なタイミングの良さが連発して――」


 カラカラと笑いながら振り返った男は、リセラが金無垢の瞳で宙をぼんやりと見ていることに気付いて言葉を止めた。陽の落ちてきた室内で彼女自身が光り輝いているような気さえする。その神秘的な光景に思わず見惚れていると、彼女はしなやかな指先で空中の何かをそっと絡めとるようなしぐさをした。それを見つめながら静かに口を開く。


「ユーリ様、私知りませんでした。自分がそんな伝承に出てくるような存在だったなんて」

「え……」


 すぐには理解が追い付かなかった。だが男はすぐさま目を見開くと、彼女の前に回り込む。


「まさか、本当に……見えているのか?」


 こくんと小さく頷いたリセラは、手繰った金の糸を目の前に垂らす。


「小さい頃は人につながる糸が視えるだけでしたが、ある時から、糸に触れることに気づいたんです。天から下がる金色の特別な糸を人に結びつけることで、災いを避けられるおまじないみたいなものかと思っていたのですが……」

「もしかして、それを遠征前の俺にかけてくれたのか?」

「すみません、勝手に……」


 胸元を握り込んだリセラだったが、次の瞬間浮遊感に包まれる。気づけば出会った時のようにユーリに抱えあげられていた。


「すごいぞ! 本当に幸運の女神だ!」

「し、信じてくれるんですか?」


 驚きながら聞くと、どこかおかしそうに笑った彼は目元を細めた。


「何を言う。先ほど嘘をつけないと自分で証明してみたのはリセだろう」


 確かにそうだ。自分が身代わりだと罪を自白したことで、図らずもこの人の信頼を勝ち得てしまったらしい。その事実に気づいたリセラは、信じられないような顔をする。


「じゃあ、じゃあ私、」


 いくつもの勘違いが奇跡的に噛み合って、結局求められていたのは自分だった。それを理解すると同時に嬉しさで頬が染まっていく。


「もしかして、ここに居ていいって事ですか……?」


 信じられない思いで聞くと、こちらを横抱きにしたユーリは優しくほほ笑む。


「もちろんだ。なぁ聞いてくれ、始めこそ憧れだけで求婚したが、馬車から降りて来たリセを一目見て驚いたんだ。自分が思い描いていた何倍も綺麗で、一目ぼれとはこの事を言うのかと」


 ストレートな好意がまぶしくてリセラは真っ赤になってしまう。たどたどしくも自分もその時に感じた気持ちを伝えようとした。


「わ、私も、あなたはとても生命力にあふれていて、眩しくて、太陽のような人だな……って」


 胸の内がなんだかこそばゆい。なんだろう。なんというのだろう、この気持ちは。

 そのまま抱えていたら爆発してしまいそうで、それでいて雑にぶつけるのも違う気がして、リセラは少ない語彙力を必死に総動員して言葉を探す。まるで暗闇の中から金の糸を手繰るように。


「あ、あの、ユーリ様、私、貴族令嬢としては全然ダメで、恋愛とかもよく分からないし、何をどうしたらいいかも分からない……けど、頑張って覚えます。時間はかかっちゃうかもしれないけど……でも、それでもいいのならっ」


 これだけはちゃんと目を見て言いたい。こちらに向けられる深い青色をまっすぐに見つめ返したリセラは、ようやく己の気持ちを掴まえた。


「あなたを好きになっても……いいですか?」


 ユーリは愛おしそうに目を細めると頷いた。優しいまなざしのままそっとリセラをソファに下ろすと、自分も隣に座りそっとささやく。


「リセラ、抱きしめてもいいか?」


 壊れそうなほど暴れる心臓を抑えて、リセラは小さく「はい」と答える。大きな体に包まれるように引き寄せられ、素直に体を預ける。


「大丈夫、焦らなくていい」


 低く響く声が直に伝わってきて心地いい。

 彼がどんな表情をしているのか知りたくて顔を上げる。すると至近距離で視線がカチリと合い、時が止まる。誰に教えられたわけでもないのに、リセラはそっと目を閉じた。頬に添えられた手に引き寄せられ、唇に熱い感触が伝わる。

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