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7.白状

「本当ですか?」


 それを聞いたリセラはパッと顔を輝かせる。


(また、あの人に会えるんだ)


 トクトクと鼓動が逸るのを感じる。3日前、ほんの少し会っただけなのに、その太陽のような輝きは今でも瞼の裏に焼き付いていた。この数日で彼の話をたくさん聞かせて貰った。どの使用人も一様に、ユーリに対して親しみと尊敬の念を持っている口ぶりで、本人がそこに居なくともその人柄が透けて見えるようだった。


「今度はちゃんと自己紹介してあげて下さいね、あれで結構気にしているようでしたから」

「……」


 だが、冗談めかして言われた言葉に、胸の奥がキュッとなる。


 アッシュと別れた後、部屋に帰ったリセラは姿見に移る自分の姿を見つめた。ここに来て見違えるほど綺麗にして貰えて、たくさん優しい言葉を掛けて貰えた。誠実な使用人たちと、それをまとめるユーリの顔が浮かぶ。


 未だに「姫様」としか名前を呼ばれない、そもそも名乗りすらできない自分の存在が、この温かな城の中でひどく異質な物のように感じてしまった。罪悪感が渦巻き、胸がキリリと痛む。


(やっぱり……このままではダメよね)


 フッと笑うと、観念にも似た気持ちが胸にストンと落ちた。


(明日、ユーリ様が帰ってきたら、正直に全部打ち明けよう)


 今ならわかる。彼にはもっとふさわしい令嬢が居るはずだ。


(大丈夫、ここでの幸せな思い出があれば、実家に戻されても私はきっと生きていける……)


 明日は笑って精いっぱいの感謝を伝えよう、人生でもっとも幸せな数日間だったと。


 ***


 翌日の午後、遠征隊は4日という異例の早さで帰還した。城に向かってくる軍勢の中でひときわ目立つ黒髪を窓から見つけ、リセラはキュッと唇をかみしめる。


「ユーリ様、お帰りになりましたね。綺麗になった姫様を見たらきっと驚かれると思いますよ」

「そうね……。アンナ、これまでよくしてくれて本当にありがとう」


 主人の緊張したような声に一瞬首を傾げた侍女だったが、すぐに笑い飛ばしてコルセットをパンと叩いた。


「何ですか改まって。さっ、出来ましたよ!」


 彼女と会うのも場合によってはこれで最後になるかもしれない。そう思い、屈託なく笑う顔を目に焼き付ける。


 そこから帰還後の事務処理などがあり、リセラが呼ばれたのは陽も傾き始めた頃だった。

 執務室の扉の前に立った少女はスゥと深く息を吸う。覚悟を決めて数回ノックをした。


 ――入ってくれ。


 入室の許可を受け、そっと扉を開けて入る。ユーリは入り口と向かい合うようにしておかれたデスクで書類と戦っていた。眉をしかめながら黒い髪をかき乱している。


「待たせて悪かったな、俺が留守にしている間に何か新鉱脈が発見されたとかで報告が――」


 ここでようやく視線を上げた彼は動きを止めた。リセラは穴が開くほど見つめられ、どこか変だろうかと自分を見下ろす。


「アンナに見立てて貰ったのですが、似合いませんか……?」

「い、いや、そんなことはない。あんまり綺麗になっていたから驚いた、髪も整えたのか」

「はい、そうなんです。彼女は本当に優秀なメイドですね」


 侍女の功績が褒められてリセラはパッと顔を輝かせる。立ち上がったユーリはソファを勧めると自分も許可を得てからその隣に座った。


「もう城には慣れたか?」


 そこから、食事は口に合っているかとか、時間が取れたら街の方も案内するとか、話を振ってくれるのだが、これから話さなければいけないことを考えると、どうしても受け答えが重くなってしまう。


「……」


 さすがにユーリも感づいたようで、気づかわしげに尋ねてきた。


「なぁ、何か心配ごとでもあるのか? 何でも言ってくれ」


 その問いかけでリセラは覚悟を決めた。膝の上でギュッと拳を握りしめ、顔を上げないままそっと口を開く。


「ユーリアルジュ様、お伝えしなければいけないことがあります」


 すぐ隣で彼がピクリと反応したのが分かった。執務室の空気は一気に張りつめ、心なしか息苦しくなったようにさえ感じる。弱気になりそうになる自分を奮い立たせ、リセラは静かに切り出した。


「まずは、こんな私を受け入れて下さって感謝します。このお城ではどこへ行っても温かく接して貰えて、本当に素敵な4日間でした。大げさじゃなくて、人生で最良の日々だったと思います」

「おい待て、なんで過去形なんだ。何か気に入らないことでもあるのか?」


 そうではないとリセラは頭を横に振った。気持ちだけが先走り声がつかえる。


「そうじゃない、です。ま、間違ってるのは私の方なんです」

「……どういうことだ?」


 ああ、ついにだ。ここで顔を上げたリセラはユーリを見た。深い青の瞳がまっすぐこちらに向けられていて息が詰まる。そのまなざしが傷つくのが耐えられなくて、再度俯いてしまった。何も言えなくなる前にと絞り出すように打ち明ける。


「っ、ごめんなさい。私、本当はミーツェじゃありません。身代わりで来た姉なんです……っ!」

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