30.手繰り姫の幸せ
確かに、見ようによっては確かに糸と髪は似て居なくもない。けれども試しに今、やってみたところで特に反応はないようだ。
「……ダメです、何も起きません」
「もしかしたら、一度だけ起きた奇跡みたいな物だったのかもな。金の糸は俺にだけ見えたんだ、それを手繰り寄せてきた。俺も手繰り姫だ」
冗談めかして言われ、ふふっと笑いがこみ上げる。本当にこの人は、側にいるとこちらまで明るくさせてくれる。
その時、木立の向こう側からロウェルの城が見えてくる。街を見下ろす崖の上に出たところでリセラは感嘆の声をあげた。
「わぁ……」
雨上がりの明け空に、無事の帰還を祝福するように大きな虹がかかっていた。
美しい光景に何だかこみ上げてしまって、感慨深く言う。
「私の帰る場所は、ここになったんですね」
その後はゆっくりと並足で街までたどり着き、人通りもまばらな早朝の通りを抜けていく。
そして城の前まで来た時、ユーリは馬から降りてリセラを下ろした。少し先に行ってこちらに振り向くと、全開の笑顔で両手を広げてくれる。
「おかえり、リセ」
奇しくもそこは、二人の出会いの場だった。それに気づいたリセラは満面の笑みを浮かべてその腕の中に飛び込んだのだった。
「ただいまユーリ様っ」
***
季節は巡り、厳しい冬を乗り越えたロウェルに春がやって来た。
いつかの湖畔にはユーリが話していた通り金色の花が一面に咲き乱れ、集まった人々の目を楽しませている。
今日は領主とその婚約者の結婚式だ。厳かな教会ではなく、大自然の中で明るくやりたいと二人が選んだ場所は思い出の地だった。
観衆からワッと歓声が上がり、花嫁の姿が見えてきた。純白のウェディングドレスに包まれたリセラは白銀の髪を結い上げベールを纏い、色とりどりの花を束ねたブーケを持ってゆっくりと歩いてくる。天の園のような風景を進んでくるその姿は、明るい陽の下で輝くばかりに美しかった。
やがて新郎の前まで来た花嫁はまなざしを上げ、はにかんだように笑う。目を見開いていたユーリは何とか言葉を押し出した。
「びっ……くりした、本当に俺は天使を伴侶に貰うんだな。いや女神か?」
「ふふ、死神と呼ばれていた私をそう変えてくれたのはあなたですよ」
ここにはもう、自己肯定感の低い身代わりの花嫁などどこにも居ない。
どんな宝石でも敵わないと褒めてくれた金の瞳で、力強いサファイアの目を見つめる。
「大好きですユーリ様。この身も心もあなたの物にして下さいますか?」
その言葉に顔を引き締めた彼は、己の胸に手をあてると真剣な声色でこう返した。
「この身は所詮一人の人間に過ぎないが、俺の全てをかけて生涯守り抜くと誓う」
ここでニッと笑ったユーリは、リセラの腰を持ち上げると天高く向かって抱き上げた。
「わっ」
「愛してる! リセ!」
一点の曇りもない、太陽のような彼の輝きは変わらない。
はちきれんばかりの幸せを噛みしめた手繰り姫は、涙ながらに大きく答えた。
「っ……はい! 私も愛してます」
周りから歓声が上がり、たくさんの笑顔に包まれる。風が流れ、甘く爽やかな花の匂いが記憶に色どりを添えていく。
あの日、つらい過去を上書きすると誓ってくれた通り、また今日ここから幸せな記憶が刻まれていくのだ。
これから先もきっと、たくさんのつらい出来事は降りかかるのだろう。
けれども、この人となら越えていける。これだけは確かに真実だ。
大好きな人たちにめいっぱい愛された手繰り姫は、辺境の地で幸せを手に入れたのだった。
おわり
最後までお読みいただきありがとうございました。
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