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手繰り姫の婚約者 虐げられた令嬢は辺境の地で花ひらく  作者: 紗雪ロカ


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29.もう離さない

「あっ、あああああああ!!!」


 ドスッと音を立てて、両手に構えた剣をクロスさせて首元に突きさす。虫の標本のように床に固定されてしまった父は、情けなく鳴き声をあげながら両手足をバタバタさせていた。と、そこでピクリと反応した黒炎帝は、目にも止まらぬ素早さで自分の剣を抜くと壁に向かって投げ付ける。


「逃げるな」

「ヒッ……!」


 こっそり姿を消そうとしていたミーツェは、鼻をかすめて突き刺さった剣を見てへなへなと崩れ落ちていった。母はと言えば、とっくに蹲りひたすら頭を地に擦りつけている。

 その時、壊れた壁の向こうからアッシュがやってくる。辺りの惨状を見ると呆れたようにため息をついた。


「暴れすぎですよ、殺してないでしょうね?」

「知らん、もう少し手ごたえがあるかと思ったのに拍子抜けだ」

「やれやれ……。皆さん一人残らず捕縛をお願いします」


 家令は後からやって来たロウェルの騎士たちに指示を出す。その中から一人、彼らをかき分け転げるようにこちらに走って来る影がある。逆光の中、それが誰かを認識すると同時に、涙で顔をぐしゃぐしゃにした彼女に抱き着かれた。


「姫様ぁぁぁ!! よっ、よくぞご無事で」

「アンナ、無事だったのね!」

「良かっ……ひぐっ、うわぁぁぁん、あぁぁぁん」

「ほら泣かないで、私なら大丈夫だから」


 いつもしっかり者の彼女が子どものように泣きじゃくるものだから、リセラは膝に頭を乗せて優しく撫でてあげた。心配してくれる者がいる事がとても嬉しく、胸の奥が温かくなるのを感じる。


 その後ろで、今回の犯人たちが着々と縛り上げられていく。この期に及んで抵抗しようとするディリング伯は顔を真っ赤にしていた。


「ぶぶ無礼なっ、こんな扱いをしてタダで済むと、おっおっ思うなよ! 伯爵家の当主であるワシに対して何たる暴力行為の数々……黒炎帝が聞いて呆れる、こんな危険人物すぐに国に報告して」

「ああ、それなんですけどねぇ」


 ここで妙にいい笑顔になったアッシュは、楽しくてたまらないと言った感じで話に割り込んだ。


「もうこの段階での罪状もヤバいんですけど、あなた方のリセラ様に対する虐待の報告書がだいたいまとまったんですよ」

「……は?」

「ずっと密かに調査し続けてたんですが、裏付けがだいたい取れましたので。これを国に報告したらもう、それはそれは楽しいことになるでしょうね。もちろんリセラ様はディリング家から正式に縁切りできますし、ロウェル(うち)の機嫌を損ねるような真似は王家もしたくないでしょうから、判決次第では監獄への収容や処刑も視野に入れて置いた方がいいかもしれませんよ。なんたって領民を放置して逃げようとしてた罪がここに来て追加されましたからねぇ。あはは」


 現状を余すことなく突き付けられ、ディリング伯の顔は赤から青へ一転、顔面蒼白で生気を失っていった。ミーツェと母も同様だ。そこに冷ややかな眼差しを向けた領主が追い打ちをかける。


「知らないようだから教えてやる。ロウェルは貴族の国外逃亡を捕らえる番人でもあるんだ」


 自分たちがどれだけ浅はかな事をしたのか、ようやく理解したらしい。罪人たちはうめき声をあげながら床に蹲ってしまった。ここでリセラを横抱きにしたユーリは、彼らを見下ろす。


「お前らのような外道でもリセは愛して救おうとした。業の深さで糸は切れる。もう彼女の加護はない、それを思い知るんだな」


 フンッと鼻を鳴らした彼は踵を返す。もうこんな場所に用はないとばかりに歩き出した。


「リセが哀しむから殺しはしなかっただけだ。その意味を深く心に刻んで、醜く苦しめ」

「あのっ」


 最後に一言伝えたくて、リセラは声を上げる。婚約者の腕の中から彼らを見下ろすと、そっと口を開いた。


「こんなことになってしまったけれど……産んでくれてありがとう。さようなら」


 ***


 先に帰ると告げたユーリに連れられ、リセラは彼が駆る馬の前に乗せられていた。安心して彼の胸に寄りかかる。


「どうして、あの場所が分かったんですか?」


 そう聞くと、彼はフッと笑って右手首に巻いたブレスレットを見せてくれた。リセラの髪を編み込んで贈ったあのアミュレットだ。


「昨日の深夜から明け方頃にかけてか? 突然これが淡く輝いて、金色の糸がどこかへ向かって伸び始めたんだ」


 誘拐事件が起きた後、幸運を手繰られたアンナたちは偶然通りがかった行商人に助けられ、すぐさまロウェルへと連絡を取ることができた。

 天使が浚われたと聞いた騎士団は、何も言わずに非番の者まで総出で捜索に乗り出してくれたらしい。連れ去られた山道付近やディリング領を中心に探していたユーリ達だったが、夜半に突然現れた『金の糸』に予感めいた物を感じてたどり始めたと言う。


 昨日の夜……と、呟いたリセラは思い当たったように「あ」と、声をあげた。


「たぶんそれ、私が自分に向けて糸を手繰ろうとしていた頃です。自分に結ぶのは失敗してしまったんですけど、あなたを想いながら能力を使ったからそちらで反応したんでしょうか?」


 ――どうか繋げて、お願い――!


 不思議な現象に考え込む。ブレスレットを編み込んでいる内に新たな能力が発現していた?

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