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手繰り姫の婚約者 虐げられた令嬢は辺境の地で花ひらく  作者: 紗雪ロカ


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28.その身で償え

 それは、無欲だったリセラが初めて自分の為に望んだ欲だった。縄が擦れて血がにじんだが、それでも諦めず暴れ、糸を手繰り寄せようとする。


「ちょっとうるさいわね、いい加減諦めなさいよ」


 ベッドで寝ていたミーツェがうるさそうに言うが、それには応えず必死に抗う。


(どうか繋げて、お願い――!)


 だがどうあがいても状況が好転することは無く、虚しく時間は過ぎていった。



 ……やがて窓の外が少しずつ白み始め、右足に永久に別れを告げる朝がやってきた。一晩中降り続いていた雨は止んだようで、眇めた目に朝日がまぶしい。頭が異様にズキズキして思考が働かないのはどうしてだろう。ぼんやりとしているところに声をかけられる。


「おはようおねえさま。覚悟は決まった?」


 爽やかな朝に負けないぐらい晴れ晴れとしたミーツェは起き上がり、両親と楽しく食事を始める。それが済むと、そろそろ出発だと立ち上がった。


「さぁて、最後にもう一度だけ聞くわよ。そうね、ミーツェも鬼じゃないからこれを復唱できたら足を切るのは許してあげる」


 柱に近づいてきたミーツェは、昔と同じように目の前にしゃがみ、優しく頭を撫でる。


「ほらおねえさま、いつものように繰り返して? 『私は無能の出来損ないです』」

「……」

「『大好きな家族といつまでも一緒に居て、二度と離れようとは思いません』」

「……」


 真正面からそれをじっと見上げていたリセラは、静かな声でこう返した。


「私はあなた方の道具ではないし、ユーリ様の花嫁です。二度とディリング家には戻りません」

「……」


 ミーツェは薄笑いを浮かべたまま手を離し、立ち上がって控えていた衛兵たちに片手で合図を出した。


「そ、残念。やっちゃって」


 柱から外されたリセラは、床にうつぶせの状態で押さえつけられる。ボロボロに汚れてしまったドレスをまくり上げ右足を剥き出しにされると、準備は整った。


「安心して、止血はちゃんとしてあげるから。死なれたら困るものねぇ」


 いよいよだ。涙の一滴も見せてなるものかとギュッと目をつむると、衛兵たちの下卑た笑いが降ってきた。


「そいじゃいきますよ、」


 執行人が斧を振り上げる。囃し立てる声に恐怖の嗚咽が漏れそうになるが、奥歯を痛いほどに噛みしめて堪える。


「せーのっ」

(ユーリ様――!)


 ヒュッと斧が空を斬る音が聞こえたかどうか――




 それすらかき消すほどの衝撃が突如として小屋を襲った。雷でも落ちたかと思うほどの轟音に小屋に居た全員が顔を上げる。


「……」


 先ほどまで確かにあったはずの壁が消失していた。壊れた壁の向こうから現れたその人物は、構えた剣を無造作に振り残骸を打ち払う。

 あまりの気迫に誰もが声を失う。ゆらと入って来た男は、床に押し倒されているリセラを見ると足を止めた。


「ユーリ、様」


 何よりも大好きなその青色に見つめられた瞬間、リセラは堪えていた涙をぽろぽろと零してしまった。それだけで全てを察したようにユーリはすぅっと目を細める。


 次の瞬間、彼は人知を超えた踏み込みで処刑人を蹴り飛ばしていた。バゴォッと人体から出てはいけない音をたてて吹き飛んでいくそいつは壁にぶつかり、声を上げるでもなく顔面からズルズルと床に沈んでいった。自分たちが『何を』敵に回してしまったのか、一拍おいて理解した衛兵たちはリセラの手足を放し、情けない悲鳴をあげながら部屋の隅へ逃げて行った。


 そんな輩には目もくれず、ユーリはこちらの傍らに膝を着くとそっと手を伸ばした。抱き起こされ、まるで壊れ物でも扱う様にふわりと抱きしめられる。激情を無理やり押し込んだような声で彼は静かに尋ねた。


「俺は、間に合ったのか?」


 声が言葉にならず、しがみつくリセラはひたすら頷くことしかできない。「怪我は?」と聞かれ今度は横に振り、「遅くなってゴメンな」という言葉にもひたすらブンブンと横に振る。


「な、何をしている。相手は一人だっ……囲め! かかれ!!」


 ディリング伯の命令に、怖気づいていた衛兵たちは震える手で武器を構えて取り囲む。そっとリセラを床に下ろしたユーリは飛び掛かって来る男たちを背景に、柔らかな笑みを浮かべた。思わず声を出す。


「あ……後ろッ」

「悪いな、秒で片づける」


 そこから先の動きは、いっそ芸術的だった。

 とても人が成せる物とは思えない反射速度で剣を構え、振り向きざまに相手の凶器を打ち砕く。返す動きで右から飛び掛かって来た男を切り捨て、やぶれかぶれで背後からかかって来た相手は襟元を掴んで床に叩き込んだ。衛兵たちだって決して弱くはないはずなのに、続く攻撃もまるで作業のように冷静に対処しては最小限の動きで沈めていく。


 その度に彼が纏っている外衣マントの赤い裏地がひるがえり、残像のように炎が舞い上がる光景を幻視する。まさしく黒炎帝と呼ばれるにふさわしい強さをリセラは初めて目の当たりにした。


「うぅ……」

「ぐ……ぁぁぁ」


 わざわざ幸運を手繰るまでも無かった。6人の屈強な男共をあっという間に伸したユーリは、床に落ちていた彼らの剣を2本軽く拾い上げる。そのまま奥で腰を抜かしていたディリング伯の元へと歩んでいった。


「我が領地への武装した集団の押し入り、禁足地への許可なき立ち入り。そして何より、俺の最愛の天使の誘拐・監禁」

「ひっ、ヒィ! 来るなぁ! ぐひッ!」


 情けなく尻をズりながら後退する父を蹴り飛ばし、その上に跨ったユーリは冷酷な声でこう告げた。


「その身で償え」

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