23.真実の鉄槌
小さく、だけど確かな響きに力強く背中を押された。そうだ、何も難しく考える必要はない、素直に現状を伝えればいいのだ。
胸元を握り軽くほほ笑んだリセラは、怪訝な顔をする母と妹に向けて明るく言った。
「お母さま、ミーツェ。心配しないで、私ロウェルで幸せです。優しい人たちがいっぱいなの。だから帰らないわ」
「なっ……」
辺境に来てからの温かい記憶が、背筋を伸ばしてくれる。いつも伏し目がちだった視線をハッキリと上げる。
(そうだ、私は大丈夫)
その目を向けるなと叱られた金の瞳で彼女たちをまっすぐに見つめる。あんなにも大きく恐ろしく見えた母はなんてことの無い、少しやせ型の女性でしかなかった。
リセラは心の底から晴れやかに笑って、二人を意図せず真実で叩きのめした。
「私、みんなに愛されてるの!」
幸せ全開の笑顔に母はパクパクと口を開き言葉を失う。それに対して信じられないような顔をしたミーツェは激昂して叫んだ。
「な、にふざけたこと言ってんのよ! そんなわけないっ、アンタは誰からも愛されない!」
「いいや違うね! 世界で一番愛してるリセ。誰が帰らせるもんか」
被せる勢いでユーリが流れを横取り、肩を抱いてくるりと踵を返させる。興味津々で取り囲んでいた令嬢・令息たちに向けて元気に言った。
「お騒がせ致しました! さて、今宵は交流の場です、どなたかお話ししませんか? 今なら特別に我が天使と会話させてあげてもいいですよ!」
「ユ、ユーリ様……っ」
冗談めかした言葉に、事の成り行きを見守っていた令嬢たちがクスリと笑う。品よく手をあげた何人かが進み出てきた。
「黒炎帝様のお許しも出たことですし、わたくしで良ければ……。こんにちは、ロウェルの真珠さん。わたくしアルナート家の……」
「お見知りおきを、リデラン家の長女……」
「フォナウ家の……」
右から公爵・伯爵・侯爵令嬢だと耳打ちされ、驚いたリセラは飛び跳ねる。
「こっ、公爵令嬢さま!? あのっ、あの私っ」
「ふふっ、そんなに緊張しないで。天使さんはずいぶん可愛らしい方ですのね。あなたのその髪飾りとっても素敵だわ。どこで手に入るのかしら?」
「あっ、えっと、これはですね――」
尋ねられたリセラは素直に受け答えをし、その隣ではユーリが有力貴族たちと親交を深める。二人を中心として和気あいあいと話に花が咲いた。
一方、すっかり蚊帳の外となったミーツェスカはその光景を見て愕然と立ち尽くす。自分の周りから取り巻きたちがサササと姿を消していくのに気づいた彼女は、憤慨したように真っ赤になると、ツンと顎を反らし母親と会場から去って行った。
「あっははははは! 見たかあの悔しそうな顔を、来て正解だったな!」
夜会も終わり、帰りの馬車に乗り込んだユーリはもう我慢できないとばかりに大きく口を開けて笑い出した。一方、その横に座るリセラはきょとんとしながら首を傾げる。
「悔しそうな顔?」
「あぁ、見てないのならそれで良い。あんな醜い物、リセの目に映さないで済むならそれが一番だ」
「???」
まだ分かって居なさそうな婚約者を見下ろすユーリは、目を細めると髪留めに触れた。
「宝石の宣伝もしっかりしてくれてありがとうな、俺の方も恋人に買いたいと何度も聞かれたよ」
「いえそんな。私は皆さんに聞かれたことに答えていただけですし」
「分かってないな、あの会場で一番輝いてたリセが着けていることに効果があったんだ」
はにかむリセラは、自分がどれだけ注目の的になっていたかを知らない。今日だけでどれだけの経済効果をロウェルにもたらしたのかも。
「ご令嬢方にも可愛がられてたな。今度お茶会に招かれたんだろ?」
「そうなんです、皆さんとっても素敵な方たちで。お友達になってくれるって……えへへ」
嬉しそうに赤く染まる頬を押さえるリセラは、裏表のない純粋なところが気に入られていた。名だたる名家のご令嬢たちと繋がりを持てたのは、社交界デビューとしてこれ以上ない成果を上げたと言える。
ふと思い立ったように顔を上げたリセラは、おずおずとこんな事を尋ねた。
「……私、この髪飾りに見合うような令嬢になれたでしょうか?」
それを聞いたユーリは一瞬驚いたような顔をしたが、プハッと吹き出すと頭に手を置いて柔らかく撫でた。
「当たり前だ、十分すぎるほどさ」
「良かった……」
心底嬉しそうにほほ笑んだリセラは、馬車の中に置いてあった小箱を持ち上げると差し出した。俺に? と、己を指すユーリにコクンと頷くと、そっと手の中に置く。
「アンナに頼んで、仕上げの部分だけはやって貰ったんです。それが出来たみたいで迎えの馬車の中に置いてありました」
リボンを解いて小箱の蓋をそっと開けると、二巻きほどの白と金の編み込みブレスレットが出てきた。それを取り出したユーリは、信じられないようにぽつりとつぶやく。
「リセの色だ……」
「はい、アミュレットなんですけど、私の髪を少しだけ編み込んであります。遠征で出かける時も、その、お傍に置いて欲しくて……」




