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手繰り姫の婚約者 虐げられた令嬢は辺境の地で花ひらく  作者: 紗雪ロカ


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22/30

22.お呼びでない

「あ……」


 そんなリセラをさりげなく後ろに庇い、一歩進み出たユーリは完璧な所作で一礼して微笑んだ。それだけで母の顔に朱が差し、得物を狙うハゲタカのようにミーツェの目がギラリと光る。

 ユーリは感じのいい声でこう話しかけた。


「これはこれはディリング夫人、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。この度はリセラ嬢との婚約をご快諾頂き、家臣ともども心より感謝しております」

「あ、ええと、その件なんですがね……そのぉ」


 歯切れ悪く何かを言おうとした母を押しのけて、ミーツェが自信満々に進み出てきた。大きく開けた胸元を見せつけるように、ユーリの腕をするりと絡め取る。


「お初にお目にかかりますわ、リセラおねえさまの妹のミーツェスカと申しますの。ねぇユーリ様、お近づきのしるしに次はわたくしと一曲踊って下さいませんこと?」


 鼻にかかった声を出す妹は、胸をグイと押し付けユーリに張り付いた。上目づかいになるとつま先立ちになり、彼の耳元に口を寄せてこう囁く。


「あのあの、もしかしておねえさまから良からぬことを吹き込まれているんじゃありませんか? 私に虐められてたとか何とか……」

「……」

「誤解されてたら悲しいわ、それ全部その人の被害妄想なんです。昔から虚言癖ばっかりで……。踊りながらで良いので、こちらの言い分も聞いてくださいません?」


 何も答えないユーリに胸がざわめく。勇気を出して声をかけようとしたその時、パッとミーツェの手を振り払った彼は大きめの声でこう返した。


「婚約者の居る男性に対していささか距離感が近いようだ。誤解を招きたくはないのでダンスは遠慮しておこう」

「なっ……!」

「リセラ、行こう」

「えっ? あっ」


 手を引かれてその場を離れる際、リセラはある事に気が付いた。母と妹のドレスに見覚えがあったのだ。「一度着たドレスは二度着ない」と、いつも自慢げに公言していたはずなのに……。なぜだろうと考えていると、胸に手をやったミーツェが追いすがるように叫んだ。


「お待ちくださいユーリ様! 本当は私をご所望だったんですよね? それをその女は自分が行きたいからって無理やり立場を奪ったんです!」


 その頃になるともう、会場中がこの騒ぎに注目していた。しおらしく俯いたミーツェはさめざめと涙を拭いながらこう続ける。


「おねえさまは清純そうな顔をして周囲に不幸をもたらします。死神なんです! 今からでも遅くありません、婚約破棄をして下さったら私が代わりに参ります。どうか目を覚まして下さい……あなたは騙されています!」


 リセラが違うと言い返す間も無かった。握られた手に力が籠もり驚いて顔を上げる。


「ユー――」

「生憎だが」


 呼びかけようとしたところでグイと引き寄せられ、気づけば彼の腕にしっかりと抱きしめられていた。


「婚約の件に関しては何も問題無い、俺は最初からリセラを求めていたんだから」


 周囲の令嬢たちがキャアキャアと色めき立つ中、顔を上げたリセラは冷や汗をかく。


「ゲスが……」


 その深い青の瞳は恐ろしいほどに冷え切っていた。わずかに上げた口角とは裏腹に全身から出るオーラは猛り狂っていた。人とはここまで冷たい怒りを体現することができるのかと驚く。ピキピキと青筋が浮かぶ音が聞こえてきそうなほどの迫力で彼は続けた。


「彼女が来てから毎日が幸福に満たされている。不幸を招くというのなら証拠を持ってきて欲しいものだ。肉親といえど俺の婚約者を死神呼ばわりは控えて頂きたい。侮辱と捉える」

「でもあの……っ、お願い話を聞いてっ、私はあなたの為を想って!」


 うるうると瞳を濡らしたミーツェはまだ食い下がろうとする。だがそれを一瞥したユーリはニッコリ笑うと痛烈な一撃を喰らわせた。


「人を貶める演技が得意だなミーツェ嬢、あいにく、ロウェルに劇場はないんだ」

「~~~っ!!」


 領主じきじきの『お呼びでない』宣言に、顔を真っ赤にしたミーツェはわなわなと震えだす。その横から今度は母が飛び出て、青い顔でリセラに向かって必死に手招きをした。


「リセラ、何をしてるのっ。早くこれまでの非を詫びてこっちに戻ってらっしゃい。あなたみたいなダメな子がユーリ様に好かれるわけ無いでしょうっ」


 呪いの言葉に顔をこわばらせる娘を見て、母は猫なで声で必死にこう続けた。


「ユーリ様はお優しいから言い出せないだけなのよ? まったくもう、それくらい察しなさい、相変わらず空気の読めない子なんだから。でも大丈夫、あなたの居場所はちゃぁんとここにあるから。あなたを真に愛せるのは家族である私たちだけなのよ? さぁ、帰ってらっしゃい……」


 ディリング家から追い出される前のリセラなら、彼女の指示に従っていただろう。

 だが今は違う。外の世界を知り、人の温かさに触れた彼女の中には確かに自尊心がめばえ始めていた。自分にだって意思はあり、尊重されるべき権利があるのだ。何とかそれを言葉にしようとしたところで、肩をポンと叩かれる。そちらを見上げれば、いつもの自信に満ち溢れた婚約者の顔があった。


「言ってやれ」

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