21.デビュタント
「あんな辺境の地に嫁ぐだなんて、いったいどこの令嬢だ?」
「それが聞いた話だと、どうもディリング家の長女が押し付けられたみたいだな。ほら、例の死神令嬢……」
「あぁ、父上に聞いたことがある。ヘンな髪色で大層不気味なんだろ? バケモノ領主に死神姫か。ハハッ、ある意味お似合いじゃないか」
好き勝手な噂話は、会場中の期待を否が応でも上げていく。当然、妹であるミーツェスカの周りには真相を確かめようとたくさんの人が群がっていた。輪の中心にいる彼女は困ったようにクスクスと笑いながらこう答えた。
「そうねぇ……おねえさまは素直で聞き分けの良いヒトよ、素朴って言うのかしら? ねぇお願いみんな、たとえリセラおねえさまがどんな格好で来ても決して笑わないであげてね。きっと頑張って精いっぱいのオシャレをしてくるはずだから」
そう話すミーツェは、グラスを傾けながら数か月前に送り出した姉の姿を思い浮かべた。いつも伏し目がちにビクビクとして、背中を丸めて人のご機嫌を常に窺っていたような女だ。仮に金をかけて着飾ったとしても、ちぐはぐで面白いことになるのは目に見えている。
(せいぜい衣装負けして笑いを取って頂戴)
ここで少し苦い顔をしたミーツェは、自分のドレスを見下ろして心の中で舌打ちをした。
その時、ついに話題の二人が会場に到着したと伝達が流れた。扉が開き、一目見て笑ってやろうと振り向いた彼らは息を呑んだ。ややあって会場全体がざわめき出す。
「え……うそ……あれが?」
「やだ、ちょっと恰好よくない? あれが黒炎帝?」
頬を染める令嬢たちの視線の先で、黒髪の美丈夫が堂々と歩いていく。
黒基調の正装に赤の差し色がよく似合っており、よく鍛えられていることが服の上からでもよく分かる。雄々しい雰囲気はあれど、甘いマスクと切れ長の青い瞳が上手い具合に噛み合ってそれらが妙な色気に昇華している。立ち振る舞いにも品があり、エスコートしている婚約者の手をスマートに引いていた。
「なんだあの令嬢……あれが死神?」
「バカ、どこがだよ。あれじゃ精霊とか妖精って言った方がしっくりくるぜ」
そう、その婚約者も負けず劣らず注目を集めていた。サラサラときらめく白銀の髪が美しく、ふんわりとした淡い水色のドレスも相まってまるでそこに光が生まれたかのようだ。それだけで浮世離れした雰囲気だったが、立ち止まったユーリが彼女の髪飾りを直してあげると嬉しそうに頬を染めて笑った。そのギャップに男たちは息を呑んでやられてしまう。
「みんな、リセを見てるな」
当然だ、とでも言いたげにユーリが頷く。その言葉に照れたリセラははにかんでこう返した。
「ユーリ様こそ、ご令嬢のみなさんが見てらっしゃいます」
「そうか? 俺はリセしか見てなかったから気づかなかった」
ここで広間の中心にたどり着くと、手を離した彼はくるりとこちらに向き直った。優雅に一礼すると手を差し出す。
「一曲目はもちろん婚約者と踊ってくれるよな? 我が愛しの姫君」
どうやら二人が最後の招待客だったらしく、今宵一曲目の軽やかな音楽が流れて来た。その手を取ったリセラは身を委ねて踊り始めた。
「はい、喜んで」
周りの者たちもパートナーと踊り始めるのだが、どうしたって注目は二人に集まっていた。
黒炎帝とその婚約者の息は完璧だ。黒と白の対比が際立ち、お互いの存在が相手を引き立てている。まるで動く絵画でも見ている気分だ。
「まぁ、なんて美しいの……」
「あの子が着けている髪飾り、私も欲しいわ。どこで手に入るのかしら?」
「後で話しかけてみましょうよ、お近づきになれるかも」
噂だけが独り歩きし、蔑まれていた二人は、今この会場で間違いなく主役だった。
だがそんな視線には気づかず、リセラが見つめているのは目の前のただ一人だ。はにかみながらそっと彼に話しかける。
「ユーリ様、私、嬉しいです。もう一度社交界に出られるなんて、夢にも思いませんでした……」
「ならこれから毎週末、ロウェルでパーティーを開こう。リセが可愛かった記念、リセが尊かった記念――うん、毎日でも開けるな」
「うぅぅ、そこは別の理由にして下さい~」
恥ずかしがると彼がフフッと笑い、幸せな気分に包まれる。腰を引き寄せられステップを踏み、クルリと回ってスウェイする。何度も練習したおかげか、焦ることなく踊ることできて本当に楽しかった。
だが、幸せな時間と言う物は往々にして邪魔者に壊されるものだ。曲が終わり、次のダンスの相手を探すまでの時間に、二つの影が忍び寄ってきた。その姿を認めたリセラはビクッと体を竦ませる。
「まぁまぁまぁ! ロウェル卿じゃありませんの、こうしてお会いできるなんて光栄ですわ。リセラもすっかり綺麗になって!」
「お母、さま」
人をかき分けて来たのは、気味の悪いほどニコニコ笑いを浮かべた母だった。揉み手までする勢いの彼女の横から着飾ったミーツェスカも出てきてますます凍り付く。
「おねえさま、久しぶりじゃない。元気だった?」




