19.自尊心の『種』
白銀の髪に顔を埋めるようにしたユーリは、その頭に手をやり緩やかに撫でた。
「理想なんかじゃない、俺が叶える。リセがくれる愛情を何百倍にも何万倍にでも返すから」
しがみつくように彼の背に手を回したリセラは、それまで自分の内に抱えていた重さがすっと軽くなっていくのを感じた。痛みが、溶けていく。
「たとえ能力が無かったとしても、俺は何度でもリセを選ぶ。辛い過去なんて上書きするぐらいこれから楽しい思い出で埋め尽くしてやる、笑顔で誰かに語れるようにする。だから」
表情が見たくて、埋めていた胸元から顔を上げる。彼はこちらの頬に手を当て、ずっと欲しかった言葉をくれた。
「俺と共に生きてくれ、一生大切にする」
預けた過去の代わりに、確かな未来をくれた彼にリセラは滂沱する。何度も何度も頷くと彼の胸の中に再び飛び込んだ。目を開けなくともわかる生命力に包まれ、何よりも今が幸せだった。
「あったかい……太陽みたいです」
気の済むまで泣いてスッキリしたリセラは、再び木の根元に座ると両手を固く握りしめてこう宣言した。
「わかりました! 手繰り人の能力はいざと言うとき以外は封印します。このチカラも含めて私だけど……幸運を引き寄せる能力が無くても、きっと他の部分で埋めて見せます! ……元がダメなので時間は掛かっちゃうかもしれないですけど」
少し自信なさそうに笑う表情に、傍らに座る婚約者は意地悪そうにククッと笑った。身を乗り出すとこんなことを言う。
「俺が唯一リセに治して欲しい欠点、教えてやろうか?」
「えっ、ぜ、ぜひ! お願いします!」
それはな――と、頭を引き寄せたユーリは、こめかみにキスを落としながら答える。
「自尊心が弱すぎるところだ。こういうのは思い込みが大事だから少しずつ育てていこうな」
「んっ……育てる、ですか?」
何をするのだろうとキョトンと見上げると、自分の唇に立てた指をあてたユーリは、次にそれをリセラの口に押し当てる。
「簡単だ、今から俺が言う事を繰り返すだけでいい。『私はみんなが大好き』」
「私はみんなが大好き、です」
「『“みんなも”私が大好き』」
「えっ……? えっと、みんなも私が……だ、大好き」
――ほらおねえさま、いつものように繰り返して? 『私は無能の出来損ないです』
ミーツェにいつも復唱させられていた手法と同じだが、あの洗脳とは全く違う。自分の中に確かな芯が形成されていくのを感じたリセラは、胸に手を当てほほ笑んだ。
「大好き……うん、大好きです! みんなも、私も! あなたが言うのなら信じます!」
満足そうに頷いたユーリは、突然リセラを抱え込むと草原に寝転がった。きゃあと悲鳴を上げる婚約者を抱きしめ、真剣な声で言う。
「きっとリセは子どもの頃に自尊心を根元から摘まれてしまったんだろうな。大丈夫だ、今はまだ小さくても種を植えればきっと芽吹く。それを育てるための愛情はもちろん俺たちもめいっぱい注ぐさ。だけどな、一番大事なのはリセ本人の愛情なんだ」
「私……自身の」
「自分を愛してやれ、バチは当たらないはずだから」
たとえ話のはずなのに、ユーリの言葉が温かな種となって自分の心に埋められる気がする。これは確かに愛と呼べる物なのだろう。
「いつか綺麗に花ひらいたら、あなたに見て欲しいです」
「あぁ、楽しみにしてる」
サラサラと風が流れていく。しばらくしてユーリは改めたように真剣な声でこういった。
「リセラ、母上の足を治してくれてありがとうな。本当に感謝している」
「そんな、当然のことをしたまでですよ」
顔を上げると、端正な顔立ちがこちらを愛おしそうなまなざしで見つめていた。
「やっぱりリセは天使だな」
「てんっ……それは、宣伝用の名目じゃないですか。恥ずかしいです……」
赤くなった頬を隠すようにリセラは両手をあてる。そんな彼女にはお構いなしに、ユーリは褒め殺しを続けた。
「名目なんかじゃないさ、どこからどうみても可愛くて綺麗で、名前を呼んだだけで笑顔を浮かべてくれる。慈愛の心に満ちているリセを天使と呼ばずして何と呼ぶ?」
「う、うぅ~。恥ずかしいのでやめてください……」
上手く返せずに悶えていると、ギュッと抱きしめた彼は困ったように笑いながらこう言った。
「無理だな。心底惚れてるんだ、観念してくれ」
まるで子どものような押しきりにクスッと笑いがこみ上げる。その頬に手を伸ばすと真っ直ぐな気持ちを伝えた。
「私も、愛してます。旦那様」
***
リセラの体調もだいぶ回復してきた頃、今朝も主人の身支度を整えていたアンナは、鏡の中の彼女が何やら難しい顔をしていることに気づいた。普段なら楽しくおしゃべりをしながら髪型のリクエストなどを聞くのだが、今日に限っては可愛らしい顔をしかめて眉間に皺を寄せている。
「何かお悩みごとですか?」
「えっ?」
ハッとしたように我に返る主人に笑いながら、アンナは白糸のような髪を梳く。
「顔に出てましたよ。何でもおっしゃって下さい、わたくしはその為に居るのですから」




