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手繰り姫の婚約者 虐げられた令嬢は辺境の地で花ひらく  作者: 紗雪ロカ


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17/30

17.もっと聞かせて

 ノロノロと顔を上げる。視線があった彼は安心できるような柔らかい微笑みを浮かべていた。そうして唐突にこう切り出したのだった。


「なぁリセ、少し休んで旅行に行かないか? 見せたいものがあるんだ」


 ***


 翌朝、仕事を全てキャンセルしたユーリはリセラと共に馬車に揺られていた。

 機嫌が良さそうに窓の外を眺める領主とは反対に、向かいの婚約者は居心地悪そうに身をよじっている。やがてグッと意を決すると切り出した。


「あの、やっぱり引き返しましょう。私の為に時間を割く必要は――」

「逆だな。俺がリセラを付き合わせてるんだ。もちろん付いてきてくれるだろ?」


 ニッコリ笑って言われてしまえば何も言えなくなる。そうなのか、いやでも、あれ? と、リセラはグルグルと混乱する頭を抱えてしまう。

 そんな彼女を面白そうに眺めていたユーリは、吹き込む風に乱された黒髪をかき上げた。


「ちょうどまとまった休みを取りたかったんだ。城はアッシュに任せておけば大丈夫だろう」


(……あ)


 その時、遠くの畑で汗を拭く農夫の姿が目に入る。しんどそうに天を仰ぐ姿を見てリセラは無意識の内に手を浮かせていた。金の糸を手繰ろうと視線を走らせ――、


「こら」

「わっ?」


 とつぜん大きな手で視界を遮られてしまう。彼の手を掴んで下げると諭すような声で言われてしまった。


「今日は休暇なんだから、他人のことは気にするな」

「でも、」

「見てみろ」


 顎でしゃくられた先を見れば、水差しをもった子どもが農夫の元へ駆け寄るところだった。男は笑顔でそれを受け取り一気に飲み干す。何か冗談を言ったのか、親子は楽しそうに笑い合って仕事に戻っていった。


「リセが無理に能力を使わなくたって、人は幸せを見つけられるんだ。だから、あー……」

「……」


 叱られたようにシュンとする婚約者を見て、ユーリは頭をガシガシと掻いた。


「怒ったわけじゃなくて……難しいな……どう言ったら伝わるんだ……」


 夏の終わりの風が吹き抜ける。目指す別荘はすぐそこまで迫っていた。


 ***


「まぁ、よく来たわね」


 ロウェル家の別荘で杖を突きながら出迎えてくれたのは、肩にストールを掛けた品のよい女性だった。

 先代の領主の妻であり、ユーリの母親でもある彼女はリセラをわが子のように歓迎してくれた。


「ここのところ足の調子が悪くて、なかなか城の方へ挨拶にいけなくてごめんなさい。ロウェル領に来てくれて本当にありがとう」

「初めまして、リセラトゥール・フォン・ディリングです」


 だいぶ慣れた様子で挨拶する令嬢に、彼の母親は嬉しそうに頬に手を当てる。


「ふふ、こんな綺麗なお嬢さんが来てくれるなんて嬉しいわ。――あら?」


 そこで自身の変化に気付いたのか、不思議そうな顔をした彼女は侍女に杖を預け二歩三歩と歩いてみる。パァッと破顔すると、しっとりとした手でリセラの手を包み込んだ。


「不思議! あなたにあったら何だか急に足の調子が良くなってきたみたい。幸運の天使という噂は本当だったのね!」


 全力で喜ぶ様子にリセラは少し青ざめた顔で微笑み返す。その後ろでユーリは少し眉をひそめたが何も言わなかった。奥方はふわふわとほほ笑みながらこう提案する。


「今夜はもちろん泊まっていくのでしょう? もてなしの準備を進めておくから、あなたたちは散歩でもして来るといいわ。ほら、ユーリが好きだったあの湖なんてどうかしら? すぐ近くにあってとっても綺麗なのよ」



 荷物を預け、湖畔へと向かう道すがらユーリは家族のことを話してくれた。

 幼いころは魔獣の討伐に忙しい父に代わって、母がこの別荘へよく連れてきてくれたこと。

 弟が生まれてからは毎年夏に遊びに来るのが定番になったこと。


「弟さんが居たのですね」

「ああ、今は首都で学生をしている――おっと」


 木の根に転びそうになったリセラをサッと支え、彼はその手を引いてゆるやかな丘をのぼっていく。


 登り切った先に見えてきた光景にリセラは目を見開いた。鏡のように美しい水面が広がる山間の湖は、ただただ静かな極上の空間だった。


「ここから見る風景が好きで、リセに見せたかったんだ」

「綺麗……」


 サラサラと、風が攫う髪が音を立てる。陽の光はおだやかで、遠くでは小鳥の鳴く声が聞こえてくる。


「春が来ると、この辺り一帯に金色の花が咲き乱れて天の国のようになるんだ、それもいずれ一緒に見ような」


 心洗われる景色に胸元を握り込んだリセラは、フフッと少しだけ寂しそうに笑うとこう返した。


「……私にはユーリ様のように笑顔で語れる思い出も、大切な誰かに見せたいと思う光景も何も持ち合わせてはいません、でも」


 だからこそでしょうか、と続けた手繰り姫は、隣の彼を愛おしそうに仰ぎ見た。


「あなたが話してくれる過去がとても愛おしく感じるんです。もっと聞かせてくれませんか?」



 それから二人は涼やかな風が吹き抜ける木陰に座りたくさんの思い出話をする。ユーリが面白おかしく失敗談ややんちゃ話をすると、リセラがクスクスと笑う。それはとても幸せな時間だった。


 話が弾んで一息ついた時、丘のふもとからこちらに登ってくる二つの影に気づいた。優しそうな雰囲気の中年の男女で、後ろに控える女性は一抱えの瓶を抱えていた。


「お話し中失礼しますよ。坊ちゃんお久しぶりです」

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