11.城下町デート
じゃれあう二人を見てリセラはクスクスと笑う。二人は魔の森に近い村出身の幼なじみだそうだが、幼い頃に魔獣の襲撃に遭い村は滅びてしまった。その時に、当時はまだ跡継ぎだったユーリに命を救われ、孤児となった二人はそれ以降この城で彼のために仕えているのだとか。
「姫様、そっちが一区切りついたらマナー講座です。令嬢として完璧な立ち振る舞いを身につけましょうね」
「ええ、がんばるわ。よろしくね」
美しく見える立ち方、歩き方、挨拶の仕方、テーブルマナーやこの国の歴史……。
これまでまともな教育を受けさせて貰えなかったリセラは、綿が水を吸い込むがごとく様々な事を吸収していった。元々地頭は良かったのか、数週間も経つころには「ややたどたどしいかな?」程度には成長を遂げていた。
ある日の午前、授業を終えて満足そうな顔をしたアッシュがパタンと本を閉じる。
「ひとまずの詰め込みはこのくらいでいいでしょう。後は時間を見つけてゆっくりやればいいかと。やる気のない令嬢ですとこの辺りで切り上げると聞きますし、あっという間に追い越してしまいましたね。よく頑張りました」
「立ち振る舞いも、これでしたらいつ社交界にお呼ばれしても大丈夫だと思いますよ! 頑張りましたね姫様!」
頼りになる先生たちから太鼓判を押してもらい、リセラは心底嬉しそうに感謝の言葉を返した。
「二人とも一日も欠かさず付き合ってくれてありがとう、学ぶのがこんなに楽しいだなんて思わなかったわ」
そんな令嬢の様子に、家令とメイド筆頭もほほ笑ましく彼女を眺める。
ここに来て十分な食事をとれるおかげか、枯れ枝のようだったリセラの身体は少しずつ女性らしく柔らかなシルエットを描くようになってきた。それでも細身ではあるので、長い白銀の髪も相まってまるで妖精のように浮世離れしている。
「リセ、いるか?」
「ユーリ様!」
そして、そんな彼女が最も輝くのは、我らが領主と対面する時なのだ。
書斎に顔を出した婚約者を見て、リセラはパッと顔を輝かせる。嬉しそうな顔をして子犬のように駆け寄った彼女は嬉しそうに語りだした。
「おはようございます。あのですね、聞いてください、アンナとアッシュさんに褒めて貰えました。二人の教え方は本当に上手で――」
その後もリセラは、二人がいかに良い教師かを止めどなく語る。だが、3人にニコニコと見られているのに気づきハッとしたように恥じ入った。
「ごめんなさい。私ばっかり一方的に喋っちゃって……」
「結構ですよ、姫様がそれだけ熱心にお伝えくだされば、わたくし共の評価が上がると言うもの。いやはや、次のボーナスが楽しみです」
「こらアッシュ」
苦笑いしたユーリだったが、まぁ期待しとけと軽く流すと改めてここに来た本題を切り出した。
「それだけ勉強が順調なら、今日は休みにしてもいいだろう。リセ、街に降りてみないか?」
「街……?」
街とは城のふもとに広がる城下町のことだろうか。ここに来た時に馬車で通り抜けたはずだが、カーテンを閉め切っていたのと、極度の不安で外を伺う余裕はなかった。
ここで少し笑ったユーリは、大きな手をこちらに差し出すとこう言った。
「いわゆるデートのお誘いだ、俺の治める地をお前に見せたい、付き合ってくれるか?」
「……は、はいっ! 喜んで」
その手を取り、リセラは一も二も無く返事をしていた。はにかんで頬をポポポポと染める。
「デート、デート……初めてです、嬉しい」
「りょーかいでっす、そうと決まればお出かけスタイルにして参りますので、1時間ほどお待ちくださいねっ」
ご機嫌なアンナに背中を押され退出する。
それから外行き用のドレスに着替え、髪を編み込んでもらい、つば広の帽子を被せられる。
***
「わぁ……!」
ふもとに降りたリセラは目の前に広がる光景に思わず感嘆の声を漏らした。
通りに並ぶ店からただよういい香り。呼び込みをする店員の側を子どもたちが駆けていく。ざわめきの中で行きかう人々は皆楽しそうだ。
「今日は週に一度の市の日なんだ。人が多いから流されないようにな」
ん。と、ユーリは片手を差し出す。嬉しそうに笑ったリセラはそっと指先を乗せると彼と手をつないだ。
城の窓から見下ろしていた時とは違う、活気ある雰囲気に包まれて心が躍る。生まれてこの方、屋敷に閉じ込められていた令嬢にとってこの光景は目に映るもの全てが新鮮だった。
「すごいです……! どれだけ歩いても楽しさの終わりが見えないですっ」
「ははっ、お気に召したようで何よりだ。昼食はそこの店を予約してある――ん? あぁ、今日はオフだ、気にしなくていい」
ユーリはあちこちから話しかけられ気さくに返事を返す。城の中だけでなく住民からも慕われているようでますます尊敬の念が湧く。
――ねぇ見て、あれが新しく来たって言う……。
そして、そんな彼が連れているリセラにも当然ながら注目は集まっていた。




