④ 転移成功!お帰りなさい
『誰得』4話の更新です。今回から暫くは、現代世界でのメインストーリーとなりそうです。
「只今戻りましたわ、お姉様。」
「…お帰りなさい、夕愛。無事に成功したようで、良かった…」
異世界から戻ってくると、私の帰りを従姉が待っていた。私は現代世界の住人だからか、異世界召喚時のような空間酔いもなく、わりと平然としていたが、他の世界との空間壁を超える際に、転移を阻もうとする力によって、異世界人達は気を失っているようだ。
何代にも渡り研究していたが、無暗に実験することもできず、召還された日が本番という経緯となった。他の世界との間に、見えない空気の層という壁があり、失敗するというリスクも、あるからだ。人形や動物で実験しても成功は半々で、緻密な計算が必要と思われた。そして漸く、数年前に成功するに至る。
「学校からの帰り道に当然、位置情報が消えたと聞いた時、到頭この時が来たのかと、不安だったわ…。昆虫や小動物で成功しても、本当に人間が転移できるかどうかは、賭けみたいなものだったし…」
私の帰りを待っていたのは、私より1歳年上の従姉である。父の兄に当たる伯父の娘で、親族の中では一番仲の良かった私達。彼女と私は幼い頃から、姉妹のように育ってきた。
「お姉様にご心配をお掛けし、申し訳ございません。私達親族一同、長年研究した上での成果ですもの。勿論のこと、信じておりました。」
「…そうね。何代もの神楽坂家の人間が、成果を見出せずにいた課題に、貴方も貢献したのだもの。貴方の勘はよく当たるから、当然よね。」
心配を掛けたことに、私は申し訳なく思う。物語の中の主人公が召喚・転移、若しくは転生した後、元の世界で待つ家族はいなかったり、元の世界で家族に愛されずに虐待され、元の世界への未練がない場合も、少なくない。だけど、私はそうじゃない。家族に愛されているし、また私も家族を愛してる!
「私だけの功績では、ありませんわ。ご先祖様達の研究結果もある上で、神楽坂家の親族一同で協力したからこそ、私も成果を挙げられましたのよ。」
決して、私1人だけの力ではない。過去・現在の親族達の努力の結果、私が此処に戻れるという成果を、得られたのだから。成果が得られなかったら、私も…予測がつかない。私だけ1人、異世界に取り残されるのは、確かに怖いと思うけれども、家族と一生会えなくなるのは、何より怖かった。だから私はどうあっても、家族を悲しませたくなかったのだ。
「高校3年生の受験生を攫うなんて、彼らは…心が痛まないの?…異世界の人間は一体、どういう神経をしてるのよ…」
「実際に異世界に召喚され、判明した事実なのですが、召還は無作為に選ばれるようでしたわ。『召喚』という力が、相性の良い相手を選ぶとか、そういう感じのようですね。」
「…ふうん。異世界側も誰が来るかは、分からないのね。そうだとしても、本当に質が悪いわよ。聖女として選ばれた者なら、誰でも良いという意味になるもの。相手に配慮もできない世界なんて、さ・い・て・い・ねっ!!」
プンプン怒る従姉の様子に、私はクスクス笑ってしまった。実は…私、一応受験生である。常にトップの成績の私は既に、私学の高校から同系列私学大に、進学することが決まっている。国公立大学を受験しないので、特に問題はなく……
「いくら進学が決まっていても、戻って来なければ進学どころか、卒業もできませんでしたわ。いくら何でも、中卒扱いは…許し難い事態ですわ。」
「…もう!…そういう問題じゃないでしょ?…貴方の今後の人生が、全て滅茶苦茶にされるのよ。…ああ、本当に許せない!…簡単に行き来できたなら、一言文句を言いに行きたいわ。」
『神楽坂 有梨那』
これが、従姉の名前だ。神楽坂家の血を引いた、由緒ある家柄のお嬢様。私の代わりに本気で怒ってくれる、心優しい従姉でもある。伯父にとっては、大切な1人娘なのである。
『神楽坂 夕愛』
そしてこれが、神楽坂家血筋のお嬢様である、私の名前だ。『ゆあ』は家族や親族が呼ぶ、私の愛称である。我々のような良家の娘は、家族・親族に限らず大勢の者に、影響を与えることとなる。帰らない選択など、最初からあり得ない。
両親も健在しており、誰にでも親切な兄と、姉思いの弟がいる。本家は伯父が継いだので、父は神楽坂家の分家である。分家とはいえ、本家と同じぐらいの財産を、持っている。神楽坂家が所有する会社は、伯父と父の2人で運営に関わり、他にも父は土地や持ち株など、本家とは無関係な運営に関わっていた。本家と私の自宅もすぐ近くで、何方もこの国上位に位置付けされた、裕福な家柄なのである。
「夕愛が戻って来てくれて、本当に良かった。でなければ、私は……」
今にも泣きそうな顔をして、お姉様がポツリと小声で漏らす。思わず私はギュ~っと強く、彼女を抱き締めた。改めて、許さない…と誓う。私の大切な人達を…これほど深く傷つけた、あの世界の住人達を。
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古来より神楽坂家は結束が強く、私達の時代でも皆仲が良い。分家が困れば本家が助け、本家に危険が迫った時には、分家の親族全員が協力した。そうして何代にも渡り、共に苦労を分かち合いつつ、力を合わせ乗り越えてきた。
私の大伯母様の時代にも、大伯母様の末妹が行方不明となり、後で如何やら異世界に召喚された、と判明している。然も以前から、神楽坂家の人間ばかりが、私の同じ年の頃に神隠しに遭っており、長年に渡って何度も似た状況が、起きていた。
「大伯母様達が日記を残されていて、本当に良かったわね。実際に召喚された大叔母様と、大伯母様の日記に記載された詳細に依れば、戻って来た理由が単なる偶然だけじゃなく、様々な偶然が幾つも重なった、奇跡だったなんて…。もし奇跡が起きていなければ、現在も未来も未来永劫に、知る由もなかったかも…」
正しく従姉の仰る通り、であろうか。大伯母も大叔母も事件後は毎日、詳細に日記を記録していたことから、後の研究へと繋がる。大叔母は何時・何処で・何があったかも、些細なことも書き残した。
「大叔母様もそれを、危惧されたのでしょう。後の神楽坂家の人間が、何らかの形で回避できるようにと、行方不明の原因として書き記されたようですね。」
大叔母の日記には、過去にも神楽坂家の人間が、聖女召還されたと知るに至った経緯も、記載されていた。我が家系に何度も起きたのならば、今後も未来に起きうるという、メッセージまで書いてある。
「…ところで、貴方が連れて来たあの2人は、誰なの?…やっぱり、異世界の住人達なのよね…?」
「…あっ!…そうです。忘れておりました…」
強制的な移転の所為で、車酔いならぬ空間酔いしたのか、此処に着いた時には王子と聖職者は、気を失っていた。その後、私は従姉との久々の再会(?)に、2人のことをすっかり忘れ…。
「何故彼らを此処に、連れて来たのかしら?」
「大叔母様の日記に書いてある通り、異世界の住人に常識は通じません。自分達がいきなり召喚したにも拘らず、異世界の王様は常に上から目線で、聖女としての奉仕が当然だと、言わんばかりでしたわ。聖女に選ばれ傲慢だと、申す者もいて。初めは冷静だったわたくしも、本気で怒り爆発でしたのよ。」
大叔母様の日記を読んだ後、確信めいた思いが私にはあった。召喚という謎の力を研究するうちに、他の世界への移転を実現させるべく、科学の力を生かす研究に、嵌っていく。そして、より強く確信したのである。
……もしかしたら次に召喚されるのは、わたくし…なのでは?…もしわたくしでなくとも、わたくしの代で発動されるのでは…?
元々そういう勘が働き、自分ならどう対処すべきか、自分はどう動きたいか考えながらも、絶対に元の世界に帰還することを、唯一無二の目標とした。だから何度も何回も、模擬実験を繰り返してきたのだ。
万が一にも私以外の親族が、召喚される可能性もあり、模擬実験に私同様参加させている。これまでの召喚対象が、如何やら10代後半の独身女性だと判明し、対象者は私と同じ年代前後に、絞られた。その対象者となったのは、私と有梨那お姉様と…他に、後もう1人。
「…ああ、本当に醜い心の持ち主ばかりね。大叔母様の日記で見た通り、未だに全く進歩していないとは、異世界の住人はどれほど馬鹿なの…」
私の身に起きた事情に、お姉様は大層不服げな顔をされている。溺愛する従妹を貶した異世界人達が、許せないとばかりの顔つきで、未だ意識の戻らない移転された彼の者達を、キッと睨むようにジッと見つめた。
「…それで(彼らを)どうするつもり?…何か他に考えがあるから、彼らを此処に連れて来たのよね?」
「ええ、勿論ですわ。あの国の人間は反省する以前に、被害者側の心理を理解する気もなさそうでしたので、手っ取り早く理解していただく為にも、私と同じ状況をお作りしたのです。」
私の当初の計画は、召還された人物が元の世界に戻る、それが唯一の目的だったけれど、こういう状況もやむを得ないと、ある程度想定していた。私が帰省する上で必要とあらば、異世界の住人達の対応次第で、異世界人を連れて帰ることも、やむなしと範疇に入れて。
『目には目を歯には歯を』ということわざ通り、誘拐には誘拐を脅しには脅しを実行した。2人も連れ去ったのは、召還の儀式がどれほど悲惨か、召還者自体に認識させること、そして異世界の監視という名目で、王子を人質として利用する為に。異世界人が認識を改めない限り、2人共に元の世界へ帰さないつもりで……
これが犯罪だとしても、それは彼らも同じだ。いや、先に罪を犯したのは異世界人側で、また反省する素振りも一切なく、これ以上…神楽坂家の子孫達を、犠牲にしたくなかったから…。
……このまま放置など、できないわ。召喚の被害者は、私で最後にしたい。別世界の誘拐に関し罪を問えぬのは、お互い様なのですからね!
今回、開始から4回目にして、やっと主人公の名前を出せました。現代日本に逆召喚された異世界の王子さまと、主人公を召喚した聖職者の名は、まだ出てきておりません。それどころか、2人は気絶したまま会話もなく……
本編には『異世界』表記の際に、『あちら』とか『むこう』とか、敢えて当て字読みをさせました。それ以外でも、当て字読みの振り仮名がない限り、通常の正しい読みでお願いします。特に『異世界』が付く言葉は、ご注意くださいませ。
また、主人公の正式な名前は『ゆうあ』です。『ゆあ』読みの際は、振り仮名をつけています。(ほぼ会話の中で使用)
主人公の話し方に関して、主に会話の時にはお嬢様言葉で、ナレーション語りの時には、『私』が一人称となる砕けた言葉使い、という扱いです。もう1人のお嬢様である従姉は、お嬢様言葉は普段から殆ど使わず、目上の人にだけ使うという設定です。(語りに関しても、砕けた言葉)
次回は、異世界の王子と聖職者に、焦点を当てるつもりでいます。多分、彼らの名前も出せるかと。




