番は運命か呪いか
※流血表現、死などに関する表現ありますので苦手な方はご注意ください。
身体を貫く剣を眺めながら僕は不思議と冷静だった。
もう助からない。悲鳴と怒号が響き渡る。
薄れていく意識のなか僕は最後に彼女をみた。
僕の名は、ネヴィオ・ファーエル。獣王国『ファーエル』の王太子だ。
我が国は獣人達の国であり、様々な種族が共生している。
獣人の特徴は身体の一部が獣化している事だ。種族ごとに獣化の部位は異なり、獅子族の僕はたてがみのような金の髪と同じく金色の耳と尾。
自分でいうのもなんだがとても美しいと思う。
子供の頃から僕を見る人々はそろって見惚れていたくらいだ。
獣人は異なる種族同士の子は親のどちらかの種族を継ぐ。
国の指針としては種族による差別はないとしているがやはり力の強い種族ほど高位貴族に多いことからも種の優位性は存在していた。
だからこそ王家は王妃の母は純血の獅子だが側妃にはさまざまな種族が据えられていた。
弟達は獅子以外もいる。
しかし王を継ぐのは純血の獅子である僕だ。
そんな環境から僕の自尊心はどんどん膨れ上がった。
どんな者も僕には敵わず、どんな者より僕が美しいと。本気で思っていた。
「ネヴィ、あなたいい加減婚約者を決めなさい」
王妃宮に招待され、母と茶を飲みながらそう言われた。
予想通りなのだが、分かっていてもげんなりしてしまう。
「分かっているのですが伴侶を選ぶとなるとなかなか」
頬をかきながら母にそう言った。
いつもならこう言っておけば母は引き下がってくれるはずなのだが今日は違った。
「14にもなって婚約者がいない王太子など許されません」
確かにだいたいの貴族が10歳前後で婚約者を決めるが高位貴族ほど幼いうちに決まっている。王家などその最たるものとも言えるだろう。
王妃教育なども教育に割く時間が必要なためだ。
その王太子がまだ婚約者がいないのは異例だった。
「あと4年で貴方も成人です」
「・・・はい」
まずい流れだな。
「このままでは教育が間に合いません」
母が侍女に目配せをした。
侍女は私の前に三枚の小さな肖像画を並べた。
「今年中に決められないのであればこの三名より、母が決めます!」
「・・・・承知しました」
「はぁ」
母との茶会を終え、僕の私室へと戻った。
部屋から侍女達は下がらせ1人ソファに身体をのばす。
テーブルには先程母から渡された肖像画。三人とも獅子の純血貴族の娘。
王妃の母が薦める娘なら品性も美しさもそろっているのだろう。
それでも魅力を感じられない。
「僕の番はどこにいるのだろう」
ボソッと呟く。
そしてその絵空事にまたため息をこぼす。
獣人には番というものが存在する。
出会った瞬間に本能的にわかり、なにものより優先される魂の片割れとされる。
ただ一生のうちに出会える確率などほとんどなく。
数十年に一組うまれれば良い方だ。
それは全ての獣人たちの憧れ。
だがそれを本気で求めるものなどほとんどいない。
だから絵空事なのだ。
この国の頂点に産まれ、叶わぬ事などなかった僕の唯一の望み。
けれどそれも限界か。
きっと母に決められて相手と結婚するしかないのだ。
頭では分かっているのにどうしても夢をみてしまう。
夢が叶ったのは突然だった。
我が国はここ数年辺境の少数民族と争っていた。彼らが住む鉱山に貴重な資源が多く、最初は貿易しようとしたのだが彼らにとって鉱山付近は神聖な場所らしく調査しようとした我らを攻撃してきたことにより戦となった。
彼らは数こそ少ないが険しい山での戦いに優れ膠着状態となっていたのだがついに我らの勝利となり、彼らの生き残りは王都に占領品として連れてこられた。
そこに彼女はいた。
飛べないように羽ごと身体を縛られた鳥族の娘。
鷲の羽をもつ彼女は族長の娘だった。
王家への献上品として連れられてきた彼らは広間で僕らの前に拘束されたまま座らされている。
彼女は鋭いその瞳でこちらを見ている。
一族の敵である僕らに拘束されているのに今にも飛びかかってきそうな目。
その瞳に僕は心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「・・・・見つけました」
王である父が此度の報償を将軍に与えるなか言葉を漏らしてしまった。
横の母には聞こえたようで手を小突かれた。
ハッとして姿勢をただす。
謁見が終わり臣下を下がらせた王の部屋で僕は両親に思いを伝えた。
「族長の娘は僕の番です!」
父は驚いていたが母は先程の僕の様子から予想していたのか頭を抱えていた。
「それは間違いないのか?」
「はい!彼女で間違いないです!」
電撃が走るとはまさしくあの事だ。
これまでの僕とは明らかに違う様子に両親は顔を見合わせた。
その表情は芳しくない。
「分かっていると思うがあの娘の今の身分は奴隷だ」
愛しい人を事実とはいえ奴隷呼ばわりされ拳を握りしめる。
「・・・それほどなのか」
僕の様子に父がため息をこぼす。
番というものは獣人なら知っていて当然なのだが当人にならなければこの感情を理解は出来ないだろう。
なけなしの理性でこの場にいるが今すぐにでも牢屋に囚われている彼女を迎えに行ってしまいそうだ。
「どれだけ言われても僕は番として彼女しか愛せません」
言い切った僕に父は再び頭を抱えたが最終的にわかったと認めさせた。
彼女との日々は幸せだった。
貴族達に僕らの結婚を認めさせるのは少々骨が折れたが番の為ならば苦ではない。
「君と出会えて本当に幸せだ」
僕らの結婚式当日。僕の成人を待っての式だ。
王城から国民に向けて二人で愛を誓い王族の結婚となる。
僕らは番の結婚ということもあり、国民からの支持は高い。
運命の番たちの物語として広まっている。
白いドレスに身を包み、この数年で磨きあげられた彼女はまるで天使のようだ。
彼女の手をとり、国民たちへ姿をみせる。
ドンッ
その瞬間僕に衝撃がはしる。
胸に突き刺さった剣を握っているのは彼女だった。
お互いの白のドレスとタキシードが僕の血で染まっていく。
僕の身体は倒れる。彼女へと手を伸ばすが僕の手は力なく地面に落ちていく。
あの日私は絶望した。
仲間達の多くが討たれ、生き残った私たちも拘束され連れて行かれた。
我らの住む山を狙うファーエルとの戦についに負けてしまった。
神聖な山を奴らは荒らすのだろう。
しかし敗者に為す術もない。
私は鳥人族族長の娘として家族とともに占領品として連れてこられた。
父はすでに殺されてしまって母と弟妹たち、一族の数人だけが生き残った。
なんとか彼らだけでも助けたい。
奴隷となるのは仕方ない。それでも少しでもマシな環境にと願ってしまう。
城に連れてこられた私たちはファーエル国王のもとに献上された。
獅子の王。こいつが私たちの・・・。
だめだ。どうしても恨みがあふれてしまう。
そのとき王の側に控える少年と目があった。
王と同じ獅子。おそらく王子なのだろう。
だが問題はそこではない。知らない感覚が身体へとはしった。
本能が彼を番だとつげる。
嘘であって欲しかった。
ネヴィオ・ファーエル。それが私の番の名前だった。
この国の王太子・・・冗談じゃないよ。
私は国王の前から城の牢屋へと連れて行かれた。
しかし牢へ入ってすぐに慌てた女がやってきて私だけ別の場所へ連れて行かれることになった。
仲間と離れたくない。そう言っても奴隷の私の願いなど叶えてもらえるはずもなく。
煌びやかな部屋に通され拘束はされたままだがソファに座っているように言われた。
10分ほど経つと王太子がやってきた。
「愛おしい人、僕の番」
やはりお互いに番というのは分かるのか。
彼は私に何度も愛をささやいた。
けれど私は何も答えれなかった。私の態度に側に控えていた騎士がいさめようとしていたが彼が止めた。
それからも彼は私に愛を語る。
それと反比例するように私の心は冷えていく。
いや本能的にいえば彼のことは好きと思ってしまう。けどそれすらも誰かに植え付けられたかのような違和感しかなかった。
ある日彼に家族を救ってと懇願した。
家族と別れた日から私は宮殿で軟禁されつつ彼に愛でられていた。
彼が私を愛しているのは明白だったので彼の愛に甘え、おそらくまだ牢にいる家族を救いたかった。
けれどそれは甘い考えだった。
「もう彼らはいないんだ」
すこし困ったように頬をかきながら彼は言った。
「僕らが結婚するためには必要だったんだ」
私は気を失った。
目を覚ますとベットに寝かされ側には心配そうな顔をした彼がいた。
何度も家族を殺したことを謝っていた。
けど結局は結婚するために必要だったと言い訳を繰り返した。
私が奴隷だった事実は一族ごと消され、私は海外の貴族の養子となりたまたま王太子と出会い恋に落ちたという事になった。
それが私たちの結婚するための王たちからの条件らしい。
番なら、愛しているなら、私の悲しむ事はしないだろう。そんな私の考えの甘さが招いたのだ。
正直しまったと思った。
彼女も番なら家族を失う〝ぐらい〟どうということもないだろうと思ってしまった。
「鳥人族は特に家族を愛しているのか」
悲しませてしまったことを反省しつつもなら早く僕が家族になってあげれば問題ないだろうと思った。
事実彼女は一時期は荒れたが今では素直に僕の愛を受け入れてくれている。
最初は逃げられないように羽に拘束具をつけたうえに風切り羽を切っていたが今では何もしていなくても僕の側にいてくれる。
彼女の美しい羽は結婚式のドレスに映えるだろうなと笑みがこぼれる。
私は全てをうしなった。
故郷も家族も。
今日は彼との結婚式だ。この日の為にたくさん準備した。
彼の妃になるための教育もこの日のためなら苦ではなかった。
彼に手を引かれ国民達の前へとでる。
番の恋物語に興奮する国民達。私はつい笑いをこぼしてしまう。
「さようなら」
装飾で飾られた羽のなかに隠していた剣で彼の胸を貫く。
歓声は悲鳴にかわる。
美しい白の衣装は赤く染まる。
彼は何が起こったか分からないようだった。
己の半身に裏切られるなど本来はありえない。
私の凶行に騎士は取り押さえに向かってきたが私は血染めのドレスを騎士に投げ捨てそのまま空へ飛び立つ。
「番などただの呪いだ!」
私に注目する国民達へ叫ぶ。
その瞬間羽に矢が刺さり私は地面へと落ちていく。
ファーエル王太子とその番の二名が亡くなった大事件は国内外へとめぐっていった。
番の凶行により起こったその事件は獣人にとって衝撃的だった。
それまで幸せの象徴であった番はその事件以降は不吉とされ後年の研究によると番とは一種の遺伝子疾患とされた。
獣人の発するフェロモンというものがある。
そのフェロモンにたいし異常的な相性をみせる遺伝子をもつもの同士が番というものとされるのだ。
番への異常な執着などもフェロモンが精神に深く関与するからとされている。
現在は治療が可能で治療後の番は執着もなくなり、恋愛感情すらなくなっていた。
『獣人番症候群』それがこの〝病〟の名前だ。
運命と言葉は都合いいもので私は苦手です。
感想などいただけるの嬉しく思っております!
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