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第73話 スイートなパラダイス①


 三月十四日。

 つまるところホワイトデー。

 バレンタインにチョコレートを貰った男子共がお返しをする日である。


 これまで梨子にケーキを買って帰ることはあっても、クラスメイトになにかをお返しするということはなかった。


 そんな俺にとって、この日はそこそこ緊張するイベントであった。


 俺にチョコレートをくれたのは三人。柚木、秋名、そして日向坂さんだ。


 秋名と日向坂さんは同じクラスなので問題ないけど、柚木は他クラス故に渡すのが少し面倒だ。


 俺のような知り合いがいない生徒が他クラスに突入なんてもちろんできないので、それ以外の場所で渡したい。


 たまたま偶然奇跡的に登校中に遭遇しないだろうかと思っていたけど、もちろんそんな都合のいい展開にはならず。


 昨日のうちにラインでも送っておけばよかったと後悔したのは学校に到着してからだった。


「これ、バレンタインのお返し」


 教室に入ったところで秋名が一人なのが見えたので早々にミッションを果たしに向かった。


 俺以外からも貰ったようで、秋名はお菓子の箱をいくつも机の上に広げていた。


「お、悪いね。全然よかったのに」


「それなら渡すときに言っておいてくれ」


「それはなんか違うでしょ」


 言いながらも、秋名は嬉しそうに受け取ってくれた。

 こいつ、バレンタインのときはクラスメイトの男子全員に配ってたし、このあともお返しを貰い続けるのだろう。


 もちろん、彼女の言うとおり、これを期待していたつもりはなく、あくまでもバレンタインというイベントを楽しんだ結果なんだろうな。


「ちなみに本命チョコとか渡したのか?」


 広げられたチョコレートを見ながら訊いてみる。

 すべては本命チョコを隠すためのカムフラージュだった可能性もあるしな。

 木を隠すなら森、人を隠すなら人混み、本命チョコを隠すなら義理チョコ。


 だとしたら、随分と策士だと思う。

 

「渡したと思う? この私がだよ?」


「ないとは言い切れないだろ」


 俺が言うと、秋名はおかしそうに笑った。


「残念だけど、ホントにそういうのはないよ。いつか私の前にも王子様が現れてほしいもんだけどね」


「そういうこと思うタイプか?」


「こう見えて乙女だよ、私は」


 どうなんだろう。

 そうは見えないけど内心では本当にそういうことを願っているロマンチストという線もあるか。


 ……想像できん。


「もし本命チョコを渡したとして、お返しに貰ったら嬉しいものってなに?」


「ゴディバ」


「身も蓋もないな」


 俺でも聞いたことのあるお高いチョコレートじゃないか。こういうのは値段と気持ちが比例するんだろうけど。


「冗談だよ」


「そうは聞こえないよ」


「ホントのところ、本命チョコのお返しほど何でもいいよね」


「というと?」


「だって意中の相手からお返し貰えるんだよ? チロルチョコでも大喜びさ」


「嘘つけ」


「さすがにチロルチョコは言いすぎた。でも、オッケーのお返しなら、ホントになんでもいーよ。むしろ、どこか連れてってくれるとテンション上がるかも」


「ほー」


 梨子と同じようなことを言っている。

 やはりお菓子を渡す以外にも様々あるようだ。


「高級ディナーとか?」


「いや、高校生だしさすがにそれはないでしょ」


「ないか」


「普通にちょっといい感じのケーキ屋とか、パンケーキのお店とか。あ、甘いもの好きな人ならスイーツパラダイスとかもいいかもね」


「スイーツパラダイス?」


「そそ。どうせそんなところ行ったことない志摩にも分かるように言うと、スイーツの食べ放題」


「わざわざそんな言い方しなくてもよくない?」


 しかしなんだ。

 そんなお店があるのか、と俺が感心していると秋名がさらに付言する。


「スイーツブッフェとかだとちょっとお高いんだけど、スイパラはリーズナブルで学生の味方なんだよ。気になるなら調べてみ」


「ああ。情報提供に感謝して、もう一つお菓子を贈呈しようじゃないか」


「お、なんだなんだ?」


 言って、俺はポケットの中からチロルチョコを取り出して秋名に渡す。


「わーい、ありがとー」


 めちゃくちゃ棒読みだった。



 *



 昼休み。

 俺は柚木を呼び出していた。

 もちろん教室で渡すなんてナンセンスなのであまり人目につかない場所を選ぶ。


 そもそも校内で人目につかない場所なんてあるのだろうか、と午前中の授業の間ずっと考えた末、大人しく体育館の前にある広場に呼び出すことにした。


「どうしたのかな、隆之くんから呼び出すなんて珍しいよね」


 たまたまなのか、周りに生徒の姿はない。

 それでも人目を気にしているのか、柚木はそわそわと視線を泳がせている。


「あー、まあ、その、あれだよ。バレンタインにチョコレートもらったから、そのお返し的な」


「お返し?」


 柚木は驚いて目を見開く。

 俺という人間はバレンタインのお返しを渡すことさえしないような非情な人間だと思われていたのだろうか。


「こういうのよく分からんから、特設コーナーの中で良さげな値段のを買っておいた」


「そういうのは言わないほうがいいんだよ?」


 おかしそうに笑いながら柚木は俺が渡したお返しを受け取る。そして、まるでお宝でも貰ったようにきらきらした瞳を向けていた。


 そこまで見られると恥ずかしい。


「……でも、ありがと。お返し、貰えると思ってなかったから」


「基本的にぼっちな俺だけど、さすがにそれくらいは分かるぞ?」


 俺が恐る恐る言うと、柚木はあははと笑う。


「ごめんね、そういうんじゃなくて……でも、うまく言葉にできないや。とにかく、ありがと」


「ああ」


 ともあれ、用事も済ませたので俺たちは二人並んで校舎の方へ戻ることにした。

 俺が渡したお返しをにやにやしながら眺めている柚木は、なんというか、こう、可愛いと思った。


「もうすぐ春休みだけど、隆之くんはなにか予定あるの?」


「宿題が出るなら、そいつに追われる予定くらいかな」


 そんな予定あってほしくないけど。

 ていうか、一年生が終わったのだから、宿題とか出さないでほしい。切実に。


「じゃあ、どこか遊びに行かない?」


「どこか?」


「うん。どこか」


 真っ白な俺の春休みのスケジュールに予定を作ってくれるのであれば断る理由は一つもない。


「気が向いたら誘ってくれ。俺は基本的にいつでもフリーだから」


「言ったよ? ちゃんと来てね?」


「もちろん」


 これで、二つ目のミッションもクリアである。


 残すところはあと一つ。

 これが一番の難題なんだよなあ。

 

バレンタインデーが終わったかと思えばホワイトデーが始まります。


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― 新着の感想 ―
ちょっと隙が多いかな。 日向坂嬢にしろ柚木嬢にしろ、その好意にはある程度気づいてるんだろうし 日向坂嬢への好意を自覚してると思うのだけど、それでも柚木嬢への曖昧な返答は 友人以上恋人未満のウェルカムな…
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