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第69話 チョコレートを君に⑤


 教室を出たわたしは駆け足で昇降口を目指した。


 志摩くんはいつ出たんだろう。


 急いで帰る理由はないだろうけど、でもわざわざゆっくりする理由もない。


 いつも、約束はしてないけどなんとなく一緒に帰っていたから油断していた。


 今日もそういうふうになるんだと勝手に思い込んでいた。これは完全にわたしのミスだ。


 もしかしたら、なにか用事があるのかも。


 だって、志摩くんはいつもならば少しくらいわたしが友達とお話しててもぼーっと待ってくれている。


 けど、今日はそうじゃない。


「……はぁ、は、はぁ」


 息が切れる。

 先生に見つかったら、きっと「廊下を走るな」って怒られるに違いない。


 ごめんなさい。

 でも今日だけは許してください。


 志摩くんにチョコレートを渡したい。


 この日のために頑張ったんだ。


 美味しいって思ってほしくて。

 ありがとうって言ってほしくて。

 嬉しいって笑ってほしいから。


 階段をタタタと早足に降りていく。

 踊り場を最小限のカーブで回り、再び階段を駆け下りる。


 三階から二階、二階から一階に降りて、昇降口までの廊下をただ進む。


「……はぁ、はぁ」


 昇降口に到着したわたしは、そこに誰もいないことをしっかりとこの目で確認する。


 荒くなった息を深呼吸で整える。


「……ふぅ」


 まだ諦めたらダメだよ。


 今さっき昇降口を出て、今まさに駐輪場に向かっているところかもしれない。


 わたしは靴を履き替えて昇降口を出た。


 間に合え。

 

 間に合え。

 

 間に合え。



 

 間に合え!



 *



 ペダルに足をかけ、自転車を進ませる。

 カラカラと錆びついたチェーンの音を聞き、そろそろ自転車も替え時だろうかと考える。


 そういえばこいつは中学になった頃からずっと使ってるからな。


「おーい」


 後ろから声をかけられて振り返る。

 彼女の顔を見て、俺はブレーキをかけ、自転車から降りた。


「どうしたんだ、そんなに急いで」



 *



「……はぁ、はぁ、はぁ」


 昇降口で靴を履き替えて、急いで駐輪場に向かった。


 けど。


 そこに志摩くんの姿はなかった。


 駐輪場に停めてある自転車を見て回ったところ、彼の自転車は見当たらなかった。


 きっと、もう学校を出てしまったんだ。


「……そんなぁ」


 わたしはへなへなと足の力が抜けて、その場にへたり込みそうになる。


 けど、ぐっと足に力を入れて、なんとか堪えたわたしはひざに手をついてがくりとうなだれた。


 がんばって作ったのに。


 今日渡さないと意味ないのに。


 余計なこと考えたから。


 くだらないことにこだわったから。


 大事なところでまちがえた。


「……」


 わたしはカバンの中から赤色の紙でラッピングしたチョコレートを取り出した。


 これまで、バレンタインデーにチョコレートをあげることはあった。

 けど、それは友達にあげるものだったから、市販のものをいい感じにラッピングしていただけ。


 けど今年は。

 今回はちょっとでも気持ちが伝わればいいなって思って、初めて手作りチョコレートに挑戦した。


 普通の料理とは少し違っていて、うまくいかなかったけど、それでも諦めずにがんばった。


 そうして、ついに完成したのがこのチョコレート。


「……やっぱり、あきらめたくない」


 わたしはスマホを取り出す。


 だいじょうぶだよ。

 今の時代、離れていてもこうして連絡を取り合うことなんて造作もないのだから。


 ちょっと会えないかなって言って、合流して、そしてチョコレートを渡すだけ。


 なにも難しいことはない。


 そんなことを考えながら、わたしは志摩くんに電話をかける。


 プルルル、プルルル、プルルル。


 プツ。



 *



「どうしたの、そんなに急いで」


「いやー、目の前に隆之くんが見えたから。追いかけるでしょ?」


「こっち自転車だぞ」


 学校を出て、少ししたところで柚木と遭遇した。どうやら帰り道らしく、そのまま一緒に帰ることに。


「チョコレートはもらえた?」


 バレンタインデーということもあり、話題は必然的にそういうものになる。


「まあ、義理チョコは」


「そっか。義理チョコか」


「……貰えると思ってたものが貰えないのはちょっと残念に思うな」


「どういうこと?」


「そのまんまの意味だよ。淡い期待は抱かない主義だし、夢なんて見ない現実主義者である俺が、それでももしかしたらって思ってしまったんだ」


「でも、貰えなかった?」


 柚木の言葉にこくりと頷く。


 そう。


 もしかしたらと思ってしまった。


 それだけ、そう思わせるだけのピースがあったんだ。


「なにか事情があったのかもしれないよ。グシャグシャになっちゃったとか」


「そうなのかな」


「隆之くんはその人から貰えなくて残念だと思うの?」


「……そりゃ、まあ」


「それはどういう意味で? 本命チョコが欲しかったってこと?」


 そう訊いてきた柚木の顔はどこか不安げだった。


「そういうんじゃないよ。俺が本命チョコを貰うなんて恐れ多い。ただ、以前に比べると仲良くなれたから、そういうのもあるのかなって知らず知らず期待してただけで」


「……そっか」


 そんな話をしていたとき、ポケットの中でスマホが震える。

 めったに通知を知らせてこない俺のスマホが一体どうしたんだと、ポケットから取り出して確認する。


 着信だ。

 

「もしもし?」


『あ、お兄? もう帰ってくる?』


「今帰ってるところだけど。なんかあったか?」


『なんかね、お母さんが晩ご飯の買い物してきてほしいって言ってて』


「なんでそれをお前が言ってくるんだ?」


『頼まれただけ。というわけだから、帰りにじゃがいもとカレールウをよろしくね』


「俺はまだ行くとは」


 ブツリ、と俺の言葉は受け付けませんとでも言うように通話は一方的に切られてしまう。


「あ」


「どうしたの?」


 クレームの電話をかけてやろうと思った矢先、スマホの充電が切れてしまった。


「充電切れた」


「あらまあ」


 ゲームをしすぎたのだろうか。

 ちょうどイベントやってたし、今日はあんまり誰かと絡むこともなかったからゲームに熱中していたからな。


「……しゃあない。買って帰るか」



 *



『おかけになった電話番号は電源が入っていないか電波が届かない――』


「……なんでなのよっ」


 珍しく声を荒らげてしまった。

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