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第62話 あなたに会いたい④


 日向坂さんと秋名がきゃっきゃと戯れ出したので、俺と柚木さんが少し後ろを並んでついて行く構図が出来上がる。


 なにか話したほうがいいよな。


 でもなあ、こういうときになにを話せばいいのかなんて分からないし。

 いやいや待て、俺はもうぼっちの頃の自分とは違うのだ。それなりの人と関わってきたし、コミュ力だって多少はついたのではないだろうか。


「ここで言うのも違うと思うんですけど」


 そんなことを考えていると先手を打たれてしまう。


「最初に言っておかないと落ち着かないので言いますけど、クリスマスのあのときは本当にありがとうございました」


「財布を届けたんだよね」


「財布を届けてくれたこともですけど、もちろん男の人から助けてくれたことも」


 ああ。

 俺が命がけの逃走中を繰り広げたときのことか。あれは本当にスリリングなイベントだったな。


 なんて、今なら笑い話だけど当時はマジで殺されるかと思ったな。笑い話になってよかったぜ。


「本当に気にしないでいいのに」


「そういうわけには」


 言いながら、柚木さんは後ろめたさを誤魔化すように、俺から視線を逸らした。


「あと」


「はい?」


「同い年らしいし、敬語とか遣わなくてもいいよ。なんか違和感あるでしょ」


 ぶっちゃけ初めて見たときは明らかに歳下だと思っていたので気にならなかったけど、同い年だと分かってからの敬語はなんだかむず痒い。


「……あはは、まあ」


 堅苦しいというか、ぎこちなく笑っていた柚木さんもようやく肩の荷が下りたように表情を緩めた。


「えっと、じゃあ遠慮なくそうさせてもらおっかな。敬語をなくすついでにもう一ついいかな?」


「なに?」


 言ってから、柚木さんは少し言いづらそうに顔を伏せる。寒いわけじゃないだろうに、彼女の耳は少し赤くなっているように見える。


「その、隆之くんって呼んでもいいかな?」


「隆之、くん……だと……?」


 それって名前で呼ぶってことだよな?


 この俺が、誰かに名字ではなく名前で呼んでもらえる日が来たというのか?


 これまでは志摩か、それかお前誰だっけとしか言われてこなかった存在感皆無のぼっちたるこの俺が、隆之と家族以外に呼ばれる……。


「だめ、かな」


「いや全然。むしろ大歓迎だ」


 俺は勘違いさせないように親指をビシッと立てて柚木さんに見せた。いやいや呼ばれているとは思われたくないからな。


「ほんとに? じゃあ、そう呼ぶね」


 へへ、とはにかむ柚木さんの可愛さについつい視線を逸してしまう。


「なにやってんの、行くよー!」


 そんな俺たちを少し前を歩いていた秋名が呼んでくる。俺は柚木さんと顔を見合わせて秋名たちを追いかけた。



 *



 そんなわけで俺たちは学校から少し歩いたところにあるカフェへとやって来た。

 あのリア充とかおしゃれ人間がとりあえず好んでやってくるコーヒー店である。スターバックスである。学生なら学生らしくマクド行けと思うのは俺だけだろうか。


 スタバでコーヒー一杯飲む料金でマクドならコーヒーに加えてもう一品いけてしまうんだぞ。


 そんなことはもちろん言えないわけで、流れに乗って適当にフラペチーノを頼んだ。

 このお店といえばフラペチーノだよね。知らんけど。


 四人がけの席がたまたま空いていたのでそこに腰掛ける。

 ここは親密度というか友好度的に秋名と柚木さんが隣に座り、俺と日向坂さんが隣り合わせることになる。


 ちなみに俺の前には柚木さんだ。


「ねえねえ」


 腰を下ろして早々に口を開いたのは秋名だった。


「私、ちょっと気になったんだけどさ」


「なに?」


 秋名の言葉に日向坂さんが相槌を打つ。俺はフラペチーノをちるちると飲みながら会話を見届けている。


「志摩ってさ、陽菜乃のことなんて呼んでる?」


「日向坂さん」


「だよね。くるみのことは?」


「柚木さん」


「雨野ちゃんとかあさみんは?」


「雨野さん、野中さん」


「だよね」


「ああ」


 それがどうしたというのか。

 俺が全員を名字で呼んでいるのは別におかしいことはないだろ。

 そもそも、そんな簡単に女子をファーストネームで呼ぶようなコミュ力おばけリア充野郎ではない。


「私は?」


「秋名」


「だよね」


「ああ」


「なんで私だけさんが付いてないのかな?」


「なんでって」


 言われてみたらたしかにそうだな。

 あんまり気にしたことなかったけど、秋名は最初から秋名と呼んでいて、そのことに違和感はなかった。


「……さんを付けるタイプの女子じゃなかったんじゃないか?」


「失礼極まりないな」


 言葉ほど怒っている様子はないけど、秋名はぷりぷりと怒っているような演技を見せる。


 きっと、こういうフランクなところが俺の中にある遠慮というものを無くさせたに違いない。


 これは俺だけに限った話ではないだろうけど、さんを付ける相手というのは心の何処かで遠慮というか気遣いをしているというか、どこか一歩引いたような距離感であることが多いはずだ。


「私のこともさん付けで呼びなよ」


「今さら過ぎるだろ。もう無理だよ」


「じゃあ陽菜乃のことを日向坂と呼べ」


「なんでそうなる」

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