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第33話 二つの袋


 クリスマスは恋人のイベントという風潮がいつから世間に浸透し始めたのかなんてことを考え出すと随分と過去を遡らなければならないような気がしてやめた。


 十二月二十四日。

 終業式を終え、日向坂さんと買い物を済ました日の夜のこと。

 俺はリビングでぼーっとテレビを眺めていた。


 クリスマスイヴということもあり、テレビではそれっぽい番組が流れている。

 サンタクロースに扮した芸能人がプレゼントと称して一般人の願いを叶える的な。


 サンタクロースというよりは神龍だな。


「お兄」


「なんだ」


「あたしまだ今年のクリスマスプレゼントもらってないんだけど」


 俺がソファでゴロッと寝転がっている一方、妹の志摩梨子はこたつに入りながらテレビを観ていた。


 中学二年生だ。

 黒髪のロングヘアーをお団子にまとめており、上下がグレーのスウェットという気を抜ききった服装。まあ家の中だしな。


 言って、俺も似たようなもんだし。


「俺から毎年プレゼントもらおうとするのそろそろやめたら? お前もう中学生だろ」


「関係なくない?」


「いやいや。お兄ちゃんと喋るのすらかったるいみたいなこと言い出す時期じゃん。お父さんの下着と一緒に洗濯しないでとかほざき出す年齢じゃん」


「そんなの知らない」


 不機嫌そうに言う。

 どうやら反抗期的なものは到来していないようだが、ななちゃんのような天使を知ってしまったから可愛げなく思えてしまうな。


「ていうか、クリスマスにプレゼントをくれるのはサンタクロースだろ。お兄ちゃんサンタクロースじゃないぞ」


「知ってるよ。サンタさんにはちゃんと別にもらうもん。お兄からは別にもらうの」


 この子、中学二年生なのにサンタクロース信じてるんだよなあ。

 うちの両親の徹底的な配慮と設定によりまだサンタクロースなんていう架空のファンタジーおじいさんがいないということに気づいていない。


 昨年。

 中学生になった梨子はクリスマスシーズンに友達とクリスマスの話になったそう。

 サンタクロースからのプレゼントの話題になったとき、当たり前のように『サンタクロースはいないよ』と言われたんだとか。


 帰宅した梨子は一目散に母親のところへ向かい、『ねえねえお母さん、サンタさんっていないの? 友達みんないないって言うの』と、すがるような顔で尋ねた。

 母はそんな梨子に『サンタさんは良い子のところにしか来ないのよ』とベタな返しをした。


 すると梨子は『友達も良い子だよ?』と言う。そんな梨子に母は『信じてくれない子供のところにはサンタさんは来ないのよ。見なさい、お兄ちゃんは捻くれて信じてないからプレゼント貰えてないでしょ』と納得させた。


「ぬいぐるみならくれてやるぞ」


「そんなのいらない。中学生にもなってぬいぐるみ欲しい女の子なんていないよ」


「え、そうなの?」


「は、当たり前じゃん」


「ソースは?」


「あたし」


 なんだよそれ頼りないじゃん。


「ちなみになにが欲しいんだ?」


「エアーポッツ」


「それはサンタさんに貰いなさい」


 キッチンのところにいる母さんが動揺していたが見なかったことにしよう。


「あ、そうだ母さん」


 これ以上プレゼントの話題を続けるとなにを強請られるか分からないので話を変えることに。


「なに」


 キッチンから返事だけが聞こえてくる。


「明日、クラスの集まりに行くから晩ご飯いらない」


「え」

「え」


 近くと遠くの声がハモった。

 そこからさらに続けたのは梨子だ。


「ちょ、え、なに、なんて?」


「だから、クラスの集まりに参加するから晩ご飯いらないって」


 動揺したように言った梨子に続いたのは母さんだ。


 「それってあれなの? 家族と過ごすのはそろそろ恥ずかしいからとりあえずそういうことにしておいて一人寂しくゲームセンターで時間を潰す的なやつ?」


「ちがうわ」


「でもお兄友達いないじゃん」


「最近できたんだよ」


 友達、と呼んでいいのかは定かではないが。

 あるいは、友達と呼べるようになるために向かうのだ。


「そういえばこの前も休日に出掛けてたわね」


「そうなの?」


「ええ」


 そういえば梨子は部活かなんかでいなかったな。別にそれを報告する義務なんかないんだけど、まさかここまで驚かれるとは。


 というか、信じてもらえないとは。


「えー、じゃあ家族のクリスマスパーティーは?」


「明日すればいいだろ」


「お兄がいないじゃん」


 むすっとしながら梨子が言う。

 しかし、すぐに自分の失言に気がついたのかハッとして赤くした顔をこちらに向けた。


「ちがうからね、クリスマスパーティーでプレゼントをもらう予定だからお兄がいないと困るってだけだからっ。それだけだからっ!」


 テンプレのようなツンデレ発言に俺は思わず笑いそうになってしまうが、笑うとさらに面倒なので必死にこらえる。


「じゃあ明後日にしよっか」


「うん。お兄、明後日だからね。ちゃんとプレゼント用意しといてね」


「……分かったよ」


 まあ、あんなこと言われれば仕方ないかと思えなくもない。

 俺はお兄ちゃんで、梨子は妹だからな。結局、いつまで経ってもそれは変わらない。


 これまでもこれからも、俺はずっと志摩梨子の兄なのだ。



 *



 晩飯を食べ終え、自室に戻る。

 特段なにか変わったものがあるわけでもない、どこにでもある殺風景な部屋だ。


 あまり物欲がないので物が増えない。唯一増えるのは小説くらいか。それも本棚に入らなくなると定期的に売ってしまう。


 梨子のプレゼントをリサーチしようと、ベッドの上に放置していたスマホを手にする。


 すると一時間ほど前に一通のメッセージが届いていたことに気づいた。


『明日、楽しみだね(*^^*)』


 日向坂さんからのものだった。


『そうだね。楽しみより緊張が勝ってるような気がするけど』


 と、返事をしてアプリを閉じる。

 当初の目的を果たそうとしたところで、スマホがヴヴと震えて通知が届く。


『大丈夫だよ。きっと楽しい一日になるよ!』


 日向坂さんの返信だった。

 なんて早いんだ。


 なんて返そうか、と悩む。

 ふうと息を吐いて、勉強机の上にある二つの袋を見やった。


「……」


 日向坂さんのことを思うと、緊張は少しだけ和らぎ、楽しみな気持ちは僅かに膨らんだ。


 明日、か。

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