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第316話 聖なる日の誓い⑦


「デート中に他の女の子に見惚れるのはどうなのかな?」


「お店の従業員さんも含まれるの?」


 そういうのは道行く人とかが対象じゃないのか。しかも別に見惚れていたわけでもないし。


「いや、別にそういうわけじゃないって。ただ、手際が良いなって感心してただけ」


「ほんとかなぁ。でも、店員さんは隆之くんの好みである茶髪のロングヘアだよ?」


「別に俺、茶髪のロングヘア好きを提唱したことないけど?」


「でも、わたし茶髪のロングヘアだよ?」


 この子は自分が俺の好みどストライクなんだと思っているらしい。故に自分が持ち合わせている要素が俺の好みなんだと直結的に考えている。


「俺は別に陽菜乃が茶髪のロングヘアだから好きになったわけじゃないよ?」


「じゃあ、胸かな?」


「違う」


「えっと、じゃあ」


 分かっていて言ってるんだろうな。

 俺の口からその一言を引き出すために回りくどい話の進め方をしているように思える。

 だとしたら、それはどこから計画していたのか。


 第一声からだとすると、彼女は中々の策士である。


「俺は陽菜乃が陽菜乃だから好きになったんだよ。黒髪のショートヘアでも、貧乳でも、それが日向坂陽菜乃だったら好きになっていたに違いない」


 万が一にも彼女が分かっていない可能性を考慮して、一応ちゃんと口にしておくことにした。

 言葉にした瞬間に、自分はなんてことを言っているんだと恥ずかしさがこみ上げてくる。


 陽菜乃はというと、やはり分かってて言っていたようで、うぇへへとだらしない笑みを浮かべていた。


 そのとき、彼女の持っていたブザーが料理の完成をお知らせしてきたので陽菜乃は行ってしまった。


 一人になったタイミングでちょうどたこ焼きの方も準備ができたようで俺も女性店員さんに呼ばれる。


 一舟八個入で五百円と遊園地内という割には良心的な価格設定だ。もしかしたら味もそれなりなのかもしれないけど、たこ焼きにそこまでの美味い不味いの差はないだろう。


「あれ」


 舟皿に並べられた八個の上にぽんぽんと二つたこ焼きがおまけされていた。これは間違いなんてものじゃないのは分かったけど。


 どうして、という意味をこめて店員さんの顔を見ると、ちょうど目が合ってぱちりとウインクされた。


「可愛い彼女さんと一緒にお食べ?」


 き、聞かれてたのか。

 めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。


 今すぐにでもこの場を立ち去りたかったけど、おまけをしてくれたことに関してはお礼を言わなければならない。


「ありがとう、ございます」


 ぺこりと頭を下げると、店員さんは楽しそうににこにこと笑っていた。あれはきっと営業スマイルじゃないな。


 可愛らしさの中に大人の余裕というか、そういう雰囲気があって、見た目は近くてもやっぱり彼女は歳上なんだろうなと思わされた。


「あ、ちなみに」


 たこ焼きを持って戻ろうとした俺の背中に店員さんが呼び掛けてきたので俺は振り返った。


「私は将来を誓いあったダーリンがいるので、もし私に気があるならゴメンね?」


 そういうことを言うところも、やっぱり大人だなと思った。



 *



「またなにか話てたね? それも今度は楽しそうに。もしかして連絡先を交換してたんじゃないのかな?」


「してないよ。彼女とどうぞってこれを渡されただけ」


 言いながら、既に席を確保して座っていた陽菜乃の前にたこ焼きを置く。

 不自然に二つ乗せられたたこ焼きを見て、おまけしてくれたことはすぐに察したようだ。


「わたしたち、恋人に見えたってことだよね」


 見えたっていうか、あの感じは恐らくやり取り聞こえてたんだよ。それは言わないでおくけど。


「そういうことなら遠慮なくもらおうかな。実はさっき前に行ったときに美味しそうだなって思ってんだ」


 俺の浮気疑惑は晴れたようで、まあそもそも疑われてないだろうけど、陽菜乃の意識は既にたこ焼きに向いていた。


 そんな彼女の前にはラーメンとチャーハンが置かれていた。結構しっかりめに食べるんだな。

 しかし、こうして目の前に置かれると美味しそうに見えてお腹が減ってきたような気がしてくる。


「欲しいなら先に食べていいよ」


「いやいや、さすがにそれはできないよ。隆之くんこそ、お先にどうぞ」


 陽菜乃には陽菜乃の料理があるし、それもそうかと俺は彼女の前に座ってたこ焼きを自分の前に戻す。


 彼女と一緒にどうぞと言っていたわりにはお箸は一膳しか用意してくれないんだな。


 レンゲの上に丁寧に麺と具材、スープを乗せて口に運ぶ陽菜乃を一瞥してから俺はたこ焼きを一つ食べた。


 外はカリカリしていて、噛むと中からはふわふわの生地が溢れ出てくる。遊園地のフードコートということとコスパから、そこまでのクオリティを想像していなかったけど、そのたこ焼きは普通に美味しかった。


 これまでに食べたたこ焼きの中でも上位にランクインしてもいいと言い切れるくらいには美味しい。


 これはあのお店のマニュアルがそうさせるのか、それともあの店員さんの腕がいいのか、どっちなんだろう。


「ねえねえ隆之くん」


「ん?」


「ひとつ、もらっていい?」


「ああ、いいよ。はい」


 俺は舟皿を陽菜乃の方へ渡す。

 しかし、彼女はのんのんと指を振りながら首を左右に動かす。そんな憎たらしい仕草どこで覚えたの。


「あーん」


 食べさせて、と言うように陽菜乃は口を開く。これはもう、そう言ってるんだけどな。


「自分で食べれるでしょ?」


 そう言いつつ、以前にも似たようなことがあったことを思い出す。

 なんだったっけ。

 別の料理を同じお箸を使って食べるのが好きじゃないみたいなことを言っていたような覚えがある。

 だとしても、わざわざ俺が食べさせる必要はないような気もするんだけど。


 などと考えていると。


「隆之くんにあーんってしてほしいの」


 と、直接的なことを言ってきた。

 これまでのように何かしらの理由を経由してくるようならば、こちらも何かしらの言い訳を以て立ち向かうというのに。


 そんな言い方をされたら、こちらはどうしようもないじゃないか。


「あ、わたし熱いのあんまり得意じゃないから冷ましてね?」


「さっき普通にラーメン食べてたような気がするんだけど気のせい?」


「うん。気のせい」


 嘘つけ、と思いながらも結局は彼女には逆らえない運命にあるらしいことを自覚して、俺はたこ焼きをある程度冷まして陽菜乃の口に運ぶ。


 ぱくりとたこ焼きを口にした陽菜乃は幸せそうな顔をしながらむぐむぐとたこ焼きを楽しんでいた。


 お腹いっぱい胸いっぱいな時間だった。

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