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第314話 聖なる日の誓い⑤


 ジェットコースターに乗る工程の中で一番嫌いなのはガタガタと巻き上げを上がっている瞬間でも落下する瞬間でもない。


 まして、スタッフに案内されているときじゃないし並んでいる時間でもない。


 安全バーがカチッとロックされた瞬間だ。


 ああ、自分はもう逃げれないのかという気持ちになる。


 隣で鼻歌をハミングする陽菜乃は誰が見ても上機嫌で、隣にいる彼氏たる俺がどんよりするわけにはいかない。


『それでは、いってらっしゃ~い』


 スタッフのアナウンスにより、ガコンと揺れたコースターが進み出す。笑顔で手を振ってくれているけど振り返す気分ではない。


 陽菜乃めちゃくちゃ振り返してるじゃん。


 カラカラカラカラと巻き上げが回っている。コースターがそこに乗り上がったときに一度揺れる。

 そして、着々と高さを上げていく。


 下からこのアトラクションを見たときには確かに大きいなとか高そうだなとは思った。

 けれど、実際にこうして乗ってみるとその高さは想像以上のものだった。


 ごくり、と生唾を飲み込む。


 巻き上げが頂上に到達したとき、園内を見渡すような景色が広がっていた。


 おお、と声が漏れる。


 次の瞬間にはグワンと勢いをつけて落下し始めた。高さはあるものの、やはりスピードはそこまで速くなく、恐怖を覚えるには至らなかった。


 コースターが最初のところへ戻ってきたとき、俺はふうと息を吐く。とはいえ、やはり疲れるは疲れる。怖い云々は抜きにしても連続はしんどそうだ。


 安全バーのロックが解除され、陽菜乃が先にコースターを降りる。俺はそれに続いた。


 陽菜乃は髪を手でくしくしと梳きながらえへへと笑う。


「せっかく髪可愛くしてたのにジェットコースター乗っちゃった」


 後先考えずに欲求を優先するところが可愛い。


 とはいえ、そこまでの衝撃はなかったので少し触るとだいたい元通りにはなっていた。


「じゃあ、次行こ?」


 言いながら、陽菜乃がこちらに手を伸ばしてくる。

 これがどういう意味なのか、さすがに分からない彼氏ではない。


 むしろ、こうさせてしまったことを恥じるべきだ。その前に自然な流れで握るべきだったよな。そんな高度な技術はまだ持ってないが。


 俺は差し出された陽菜乃の手を握る。すると陽菜乃が指と指を絡めてきた。いわゆる恋人繋ぎというやつだけど、これは未だに慣れない。


 なんかゾワゾワするんだよな。


「クリスマスだからか、なんとなくカップルが多いような気がするね?」


 言われて周囲を見渡してみると、確かにここではそんな気がする。

 アトラクションの問題でもあるんだろうけど、クリスマスだからというのも理由の一つではあるだろう。


「確かに。みんなイルミネーション目当てかな」


「それもあるだろうけど、普通に遊園地に来たかったんじゃない?」


「日常的に来る場所じゃないしね」


 調べてみると、ここの遊園地は結構大掛かりで有名らしい。イルミネーションだけを見に来る人もいるくらいなんだとか。


 しかし、と改めて周りを見る。


 何組ものカップルがあちらこちらにいて、皆それぞれ好き勝手にイチャイチャしているおかげで手を繋ぐ程度のことが恥ずかしく思わない。


 むしろこれが普通のことだと思えるくらいで、ぎこちなさの抜けない俺的には非常に助かっている。


「次はどこに行こっか」


 俺は園内マップを広げる。

 片手は繋いでいるので広げにくいなと思っていると、陽菜乃が持って広げてくれた。


 アトラクションは結構な数がある。

 子供向けのものから、大人も楽しめるものまで揃っている。


 お化け屋敷は陽菜乃が怖がるから提案するべきではないだろう。絶叫系に付き合っているわけだし、行こうと言えば断らないだろうけど、そうまでして行きたいとも思わない。


 そもそも、気絶なんてされたらせっかくのクリスマスデートが台無しだ。


 お化け屋敷はなしだな。


 そんな感じでどこへ行こうか、と悩んでいると。


 ぐうううううううう。


 と、お腹が鳴った。

 今日はちゃんと朝食を食べてきたのでもちろん俺ではないし、もうパターンみたいなもんだからいちいち確認するまでもないんだけど。


 俺は陽菜乃の方を見る。


「……どこに行こっか?」


 何事もなかったみたいに言ってきた。笑顔が引きつっているし、顔も赤いのでもちろん彼女のお腹が鳴ったことは確かめるまでもない。


 もう諦めたらいいのに。

 別に気にしないし。


 クリスマスでも日向坂陽菜乃は平常運転らしい。


「なにか食べれるところ?」


「……むう。隆之くんいじわるだ」


 バツが悪そうに言って唇を尖らせる陽菜乃。これは俺がペースを握れる数少ない機会である。


「親切心なんだけど」


「わたしがスルーを要求したんだから、ここはそれに従ってスルーするところでしょ?」


 むすっと頬を膨らませながら主張する彼女はまるで小さな子どものようで。

 その可愛さも相まって、頭を撫でたくなる衝動に駆られてしまうが何とか自分を抑える。


「でも、それだと陽菜乃はお腹が空いたままだぞ?」


「そもそもわたし、お腹空いてないからね。さっきのぐううっていうのは風がどこかから運んできた他人のお腹の音だからね」


 ぐううううううううううう。


「……」


「……」


 どんな言葉を口にするんだろうと思い、しばし彼女の様子を横目で伺ってみたけど、ついに口を噤んでしまった。


 瞳をうるうると揺らして、悔しそうに眉をつりあげている。


「いつも言ってるけどさ、そういうところも陽菜乃の可愛いところだと思うよ」


「……でも、彼氏の前では少食の女の子でいたいのが乙女心ってやつなんだよぅ」


「少食の女の子でもお腹は空くし、お腹は鳴るよ。とりあえず何か食べに行こう?」


「……うん」


 二度目の空腹の主張はさすがに誤魔化せないと思ったのか、今度は素直に頷いてくれた。

 いや、そもそも一度目でも誤魔化せてはいなかったけどな。


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