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第260話 今日の京都の恋模様㉘


 修学旅行三日目。

 最終日。


 昨日は木吉の慰め会が深夜にまで及び、寝るのが遅くなってしまった。なので目を覚ましたのは起床時間ギリギリだった。


「……」


 目を開き、ぼーっと天井を見上げる。

 誰がどの布団とか関係なく、適当にみんながその場で眠っていた。横を見ると樋渡の背中があったくらいだ。


 ぐがーといびきが聞こえてくるところ、みんなもまだ夢の中なんだろう。


 俺はゆっくりと起き上がる。


 そろそろ起こさないと朝食に間に合わないな。

 その前に顔を洗って目を覚まそう。


 洗面台へと向かいながら考える。


 今日だ。

 今日なんだ。


 そう意識すると、心臓がバクバクと激しく動く。これは緊張か、不安か、あるいは武者震いか。いや武者震いはないな。俺の性格的に。


 ぱしゃぱしゃと顔を洗っていると、ごそごそと人が動く音がした。極力、物音は立てないようにしたつもりだけれど、もしかしたら起こしてしまったのかも。


 まあ。


 顔を洗えば起こすつもりだったので、手間が省けたとも取れるけれど。


「おっす」


 どうやら起きたのは樋渡だったようだ。

 くあ、と大きなあくびをしながら樋渡も顔を洗いにきたようだ。樋渡はイケメンだけど、イケメンも寝起きはちゃんと寝起きなんだなと、俺はこの旅行で知った。


「おはよう」


 歯ブラシを手にして洗面台を譲る。

 シャコシャコと歯を磨いていると顔を洗いながら樋渡が口を開いた。


「もう三日目だな」


「ああ」


 俺はそれに短く答えた。

 樋渡はそれをどういう意味で言ったんだろう。普通に考えれば、時間の経過の速さを呟いただけなんだろうけど、樋渡ほどの男ならば別の意味を込めている可能性もある。


「樋渡は今日どうするんだ?」


 顔をタオルで拭いた樋渡がこちらを振り返る。


 修学旅行前にも訊いたけど、そのときは『どうするかなー』とだけ言っていた。

 内緒にする理由はないし、そういうことをしてくる奴じゃないのでシンプルに決まってなかったのだろう。


「くるみが付き合ってくれるみたいでな」


「柚木と? 二人でか?」


「さあな。もしかしたら他にもいるかもしれない」


 ふうん、と俺は小さく答えるだけだった。

 樋渡と柚木は仲が良い。

 聞くと俺と出会う前から二人は知り合いだったそうだ。

 何かがあったことは分かるけど詳しくは聞いていない。でも、二人の関係を見るに二人にとってはそこまでの問題じゃなかったんだろう。


 樋渡は柚木への気持ちにまだ名前をつけていないと言っていた。

 グタグタと考え続け、気づくまでに時間がかかった俺に偉そうなことは言えないけれど、でもそれを躊躇う理由はなんなんだろう。


「なあ」


「ん?」


 歯ブラシの準備を終えた樋渡も歯磨きを始める。


「例えば、失恋した奴が前を向くってどういうことだと思う?」


「なんだよ。告白する前から失恋したこと考えてんのか?」


「いや、そういうことじゃない。ただちょっと気になっただけ」


 ほーん、と気持ちのこもっていない返事をした樋渡は少し考えるように黙った。


 ひと足お先に歯磨きを終えた俺は再び洗面台の前に立つ。


「人それぞれなんだろうけど、やっぱり次の恋を見つけたときじゃないか?」


「でもそれだと、どっちかというと吹っ切れる瞬間みたいなことにもならないか?」


 俺が言うと、樋渡は「どういう意味だ?」と訊いてくる。


「前を向くっていうんなら、次の恋を探し始めたときでも、なんなら探そうと思ったときでもいいと思うんだよ」


「ああ、なるほどな。ところでそれ、朝からする話か?」


「違うかもな」


 結局答えは出なかった。

 あのときも、今も。

 それは多分、それぞれで思うことが違うだろうから。


 だからこそ思う。


 もしその人が前に進もうと決めたのならば、きっとその瞬間が前を向いたときなんだろう、と。



 *



 朝食を終え、わたし、日向坂陽菜乃は出発の準備を進めていた。

 もうこのホテルに戻ってくることはないので、合わせて荷造りをしなければならない。


「陽菜乃、結構食べてたね」


「そ、そうかな?」


 別にそんなつもりはなかったんだけど。え、わたしの普通ってそんなに多いの?


「今日は勝負の日だから気合い入れたんだよね?」


 動揺するわたしにくるみちゃんがそう言ってくれる。


 そうなんです。

 今日は勝負の日だから。

 わたしは気合いを入れただけで、無意識のうちに食べていただけで、日頃から大食いというわけではない。


 決してない。


 たぶん。


 おそらく……。


「今日もお化粧するの?」


 くるみちゃんに聞かれて、わたしは考える間もなくかぶりを振った。

 その反応にみんなが驚いていた。


「ありのままのわたしを見てもらうことにするよ」


 背伸びなんかしなくても。

 きっと今の、ありのままのわたしを見てくれるし、受け入れてくれるだろうから。


「よしっ」


 ひと足早く荷造りを終えたわたしは洗面台の方へ向かう。

 お化粧はいつも通り。

 髪型は少し悩んだけれど、特にアレンジはせずにそのままで。一応、念入りに櫛で研いておこう。


 それが終わると制服を正す。


 そして、右側から左側と順に確認する。最後ににこりと笑顔の練習をしておく。


 練習なんかしなくても、隆之くんと一緒にいたら自然と笑顔になっちゃうんだけどね。


 よし、これで準備完了だ。


 いつでもいける。


 わたしは気合いを入れるように、ぱんと自分の頬を叩いた。


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