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第24話 勉強会は修羅の時間⑤


 あそこまで分かりやすく敵意を剥き出しにされるとさすがにやりにくい。

 それにゴキブリ云々言ってきたし。


 嫌いな理由くらいもうちょっとしっかり用意しとけ。人がゴキブリを嫌うような理由で人を嫌うな。


 と、日向坂さんや秋名が帰ってきたところで言ってやりたかったけどそんなことをしても意味はない。


「おまたせー」


 俺たちがこんな状態であることなど知る由もない秋名が能天気に言う。

 

 なんとなく空気がピリピリしていることに気づかないのか。あるいは、それさえも財津翔真はコントロールしてしまうのか。


 なんてことを考えていたとき、財津が思わぬ一言を言い放つ。


「あ、そうだ。さっき志摩と話してたんだけど、こいつこのあと予定あるらしいんだよ」


 は?


 と、思わず声が出そうになった。


 何言ってんだお前、という言葉が口からこぼれる前に財津の考えていることを理解した。


 なるほどね。


「だから帰るんだって」


 一瞬。


 僅かに。


 財津翔真は俺の方を見て目を細める。

 口元に笑みは浮かんでいないが、心の中ではこれでもかというくらいにほくそ笑んでいることだろう。


 本来ならば、ここで反抗するべきなのだろう。財津の思惑通りに事を進めるのはいささか気が乗らない。


 しかし。


「志摩くん、そうなの?」


「早く言ってくれればよかったのに」


 正直言って、今日はこれ以上ここにいても勉強が捗るとは思えないし、そもそも勉強する気にならない。


 しかし先に帰るわ的な一言を切り出すタイミングが分からないので諦めていたが、好都合だ。


「……ああ、そうなんだよ」


 俺は財津の言葉を肯定する。


 日向坂さんと秋名がこちらを見ていることをいいことに、財津は計画通りと口元に笑みを浮かべていた。


 ばか野郎。


 こっちのセリフだよ。


 俺は机に広げていたノートをまとめてカバンに入れる。


 このあと財津にハーレムを堪能されるのは気に入らないけど、今日のところは退散するとしよう。


「志摩はいないけど、勉強は続けようか」

 

 と、思っていたのだが。


 財津の言葉に対し二人が続く。

 

「んー、いや、志摩がいないなら数学克服もできないし今日はここまででいーんじゃない?」


「そうだね。わたしたちも帰ろっか」


 秋名が言い、日向坂さんがそれに乗る。財津の言葉はくしゃくしゃにされてゴミ箱に捨てられてしまう。


「……で、でもせっかくだしもうちょっとやってってもいいんじゃないか?」


 しかし諦めきれないのか、財津が食い下がる。


「別に今日にこだわる必要ないしね」


「陽菜乃は? 俺はもうちょい教わりたいんだけど」


「また今度にしよ? わたし一人で教えるのは限界があるし、それこそ数学なんかは志摩くんの方がよっぽど得意だから」


「……まッ、や、そうだな」


 言葉を詰まらせ、ついに財津は諦めたように言葉を吐いた。


 俺は一人で先に帰るつもりだったのだが、まさかここで勉強会がお開きになるとは思わなかったな。


「そういうことらしいわ。まあ、次の機会があれば教えてやるよ。数学」


 憂さ晴らし程度に、俺は厭味ったらしさ全開の笑みを浮かべながら財津に言った。


 人に優しく困っている人を見捨てない、というのは祖母との約束であり俺のモットーでもある。


 が。


 俺だって人間だ。

 感情だってある。


 誰にでも優しくできるわけではないしストレスだって溜まる。それを我慢して溜め込み、人に優しくできなくなるくらいなら、適度にガス抜きしておいた方がきっといい。


 助かったよ、財津。

 俺のガス抜きに付き合ってくれて。


「……ッ」


 俺の言葉に、財津は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 日向坂さんや秋名がいるのに、我慢できないくらいに腹が立ったのだろうか。


「それじゃあいこっか」


 各々の帰り支度が終わり、日向坂さんの言葉を合図に図書室を出る。


 日向坂さんと秋名は仲良く話しながら少し前を歩く。俺と二人でいても無意味と言わんばかりに財津はそこに割り込んでいく。


 まあ、普段の行いが行いだから、そういう行動に対しても違和感が浮かんでこないんだろうな。


 なんてことを考えながら、俺は三人の少しあとを一人で歩く。


 さっきまでずっと騒がしかったからか、この一人の時間が心地良いと思えてくる。


 図書室は暖房が効いていてむわっとしていた反面、廊下は冬の空気が張り詰めている。


 肌で感じる冷たさは程よく体の熱を冷ましてくれる。熱くなった顔は徐々に元の温度を取り戻していた。


 そして、自分のしたことに対する罪悪感が僅かに生まれた。


「……」


 財津は日向坂さんのことが好きで、俺のことが嫌い。


 俺にだけ見せる裏の顔に、俺はいつの間にか感情を揺さぶられていたのかもしれない。


 誰かに期待せず、人に干渉しないで生きてきた俺はなにかに腹を立てることはそこまでなかった。


 それさえも、カロリーを消費するからと控えてきたのだ。


 だから久しぶりだった。


 どうしてか、あそこまで言ってやりたくなった。


 自分が性格のいい人間だとは思っていないけれど、さっきの俺は性格が悪かったかな。


 どうしてだろう。


 じいっと考える。


 考えるけど、答えは出てこない。


 あるいは、その答えを見つけることを躊躇っているのかも。


 それはきっと、なにかを変えるということで、なにかが変わるということだから。


 だから俺は、考えるのをやめた。


 ただ単に財津翔真の性格の悪さに腹が立っただけで、それ以外の理由なんかない。


 多分そうだ。


 きっとそうに違いない。


「……」


 追いつけそうで追いつかない。

 そんな距離を保ちながら、俺は三人の後ろを追っていた。

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