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第189話 きみの隣にいるために⑧


 だーれだ、だって。


 そもそもこのゲーム、致命的な欠陥がある。それは声で誰かがバレるということである。故に駆け引きもなにもないイージーゲームなのだ。


 と。


 普通ならばそう考える。

 しかし、その考えで俺は一度敗北している。俺は同じ過ちを二度繰り返さない男だ。ミスを受け入れ、次に活かすことのできる人間だ。


 あれはみんなで海に行ったときのこと。俺はこのゲーム、勝手に一対一だと決めつけて、先入観に支配されるがままに答えを出して敗北した。


 見えているものだけが真実ではないように、聞こえていることが真実ではない可能性だってある。


「……陽菜乃さん?」


 声は陽菜乃だ。

 それは間違いない。

 背中に当たる柔らかいものの位置から相手の身長を予測したところ、やっぱり陽菜乃っぽい。


 え、じゃあ陽菜乃じゃない?


「ファイナルアンサーかな?」


 まるであのときの再現をするような陽菜乃の物言いに、俺は答えるのを躊躇ってしまう。


 いやいや、別に罰ゲームがあるわけでもないんだ。気軽に答えればいいじゃないか。


「ファイナルアンサーだ」


「間違えたらなんでも一つ言うことをきいてもらうってことでいい?」


「良くない」


「逆にそっちが正解だったら、なんでも一つ言うことをきいてあげるから」


「大丈夫だから。リスクを負いたくない」


「それを踏まえた上で、ファイナルアンサー?」


「全然こっちの言うこと聞いてくれないんですけどー!?」


 俺の抵抗も虚しく、なぜか俺の意志など関係なしに話が進んでいく。断れないまま、罰ゲームが決まり、ゲームが再開された。


「さて、ファイナルアンサーということでいいのかな? ほんとうにぃ?」


 挑発するような物言いに、俺はもう一度だけ思考を整理することにした。


 声は陽菜乃だ。

 身長も陽菜乃でほぼ間違いない。

 胸の大きさは分からない。これが分かったらめちゃくちゃ気持ち悪いだろ。


 普通に考えれば陽菜乃だ。


 けどなあ。


 なんかわけ分からない体勢で俺を騙しに来てる可能性もゼロではないのでは?


 そう思ったと同時に、そんなことしてまで俺を騙す理由なくない? という思考に思い至る。


「ファイナルアンサー」


 言うと、ゆっくりと視界を奪っていた手が離れていく。急に目に光が差し込んだことで眩しさが際立ち、俺はぎゅっと目を瞑ってしまう。


 徐々に、目を慣らすように目を開いていき、そして満を持して後ろを振り返る。さあ、正解は誰だ!


「正解は五組のななみんでした」


「誰だよ!」


 黒髪ロングのグラマラスな女子生徒だった。いやほんとにどちら様ですか。


「一応、去年同じクラスだったんだけどね。周りに興味なかった志摩は覚えてないか」


「なんかごめんなさい」


 それは本当に悪いと思い、思わず謝罪してしまう。すると、ななみんと呼ばれた女子生徒はぷぷっと吹き出した。


「じょーだんだよ。そんな深刻そうに謝らないでよ。全然絡まなかったんだから覚えてなくても仕方ないよ」


 そうは言うけど、そっちが覚えているだけにばつが悪い。


「けど、まああれよね。もう覚えたよね」


「もちろ――」


 もちろん、と言おうとしたんだけど。


「これでもかってくらいに胸押し付けてあげたんだから、同じことすれば思い出してくれるよね?」


「……」


「もちろんって言わないの?」


「手配したの陽菜乃さんですよねなんでそんなにご機嫌ななめなの?」


 理不尽すぎない?

 別に俺が要望したわけでもないのに。

 

「それじゃあ陽菜乃、私もう行くわね」


「あ、うん。付き合ってくれてありがと」


「さようなら」


 一応挨拶しておこう、と俺も手を振ることはしなかったけど一言添えておくことにした。


 ななみんさんがいなくなったところで、陽菜乃がまとっていた空気も落ち着いてくれた。


「さて」


 そう言って、彼女はこちらを向き直る。むふふ、といった感じで、さっきとは打って変わってご機嫌な様子だ。


「それじゃあ一つ言うことをきいてもらうよ」


「そもそも俺はそのルールを承認してないけどな。もういいけど」


 陽菜乃のことだから無茶なお願いはしてこないだろう。それで彼女が満足するならば、やれることをしてあげよう。


「えっとね、それじゃあね、ちょっとだけ散歩しよ?」



 *



 一日目はゆるやかに終わりへと歩みを進めている。もう三十分もないからどこも閉店モードだ。


 文化祭を楽しむというには、少し物足りない。


「今日はいろいろ大変だったね」


 とぼとぼと、まるで足早に過ぎていく時間に抗うようにゆっくりと歩く陽菜乃が口を開く。


「そうだな。なんかあっという間に終わった気がする」


 実際、あっという間に終わったわけだけど。本番前まで感じていた緊張感もなくなり、今は体が軽い。


「文化祭、全然楽しめなかったな」


 片付けを始めている教室の中を見ながら、俺はぽつりと呟いた。

 すると右手に温かい感触を感じた。何事かとそちらを見ると陽菜乃がぎゅっと手を握ってきていた。


「明日があるよ?」


 優しい笑顔で微笑む陽菜乃を見ていると、感じていた疲れが流れて落ちていくような気がした。


 そうか。


 そうだ。


 文化祭の本番は明日なんだ。

 いや、今日も本番だったけど。予定より遥かに本番だったけど。


「そうだな。演劇は今日で終わったから明日は一日楽しめるんだった」


「あ、もしかして忘れてた?」


 むすっと分かりやすく頬を膨らませながら陽菜乃が半眼を向けてくる。


「いや、忘れてたわけじゃないけど……いろいろありすぎてちょっとそこに思考が至らなかった」


「それを世間では忘れてたって言うんじゃないの?」


「忘れていたわけじゃないよ。思い出せなかっただけ」


「一緒じゃん」


 言って、陽菜乃がくすくすと笑う。

 それにつられて、俺もついつい笑ってしまった。


「明日、いっぱい楽しもうね。ふたりで」


「ああ。思いっきり楽しもう。ふたりで」


 一日目は終わってしまうけれど。


 文化祭はまだ終わらない。


 明日は陽菜乃と二人で文化祭を回るんだ。これまで二人で出掛けることはあったけど、それと今回とでは全く違う。


 以前までは、自分の気持ちに気づいていなかったから。


 でも今はもう気づいている。


 俺は明日、好きな女の子と二人で文化祭を楽しむんだ。



 緊張するなあ。


 今日も明日も、緊張しっぱなしじゃん。

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