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第178話 星空を見上げて①


 文化祭準備もいよいよ大詰めだ。

 にも関わらず、大道具班はもちろん衣装班までも、まだ完成に至っていない。


 二日前。

 その日の作業を終えたところで、明日の午後の授業の時間内で終わるかどうかは五分五分といったところ。

 上手くいけば終わる、みたいな感じだった。


 放課後は各々部活があるから、どうしても時間を割けない生徒が出てくるからな。

 

 結構いい感じに進行してたはずなんだけど、それが逆に油断を生ませたのかな。


 そんなわけで文化祭前日。

 俺たちは大道具をえっさほいさと体育館へ運んでいた。まだ完成はしていないけど、全体の通し練習のために配置するためだ。


 他にもステージを使用するクラスがあるため、通し練習ができる時間は限られているし貴重だ。

 一分一秒も無駄にはできない。


 俺は大道具を完成させれば当日は仕事がないと勝手に思い込んでいたんだけど、大道具を配置したりする仕事が与えられた。そりゃそうか。演者がするわけないもんな。


「ダンボールだからそこまで重くはないとはいえ、この距離運ぶのは骨が折れるな」


 一緒に運んでいた樋渡が軽い調子で言った。

 なんか最近、たまに考え込むようなときがあって、ちょっと心配だったけど今は大丈夫そうだ。


 なにか悩みでもあるのだろうか。

 俺で良ければ話くらい全然聞くんだけど、俺ごときじゃ力になれないかもしれないから出しゃばる勇気は出ない。


「なんだ?」


 俺がなにか話したげな顔でもしてたのか、樋渡が眉をへの字に曲げながら聞いてきた。


「いや、なんでもない」


「なんでもない顔してなかったが?」


「そんな顔してた?」


「ああ。深刻だった」


 そんなに表情に出てたのか。

 どうしたものか、と少し悩んだけどこの流れなら軽い調子で訊けるかなと思い口を開く。


「なんか最近、考え事多いような気がして。なにか悩みでもあんのかなって」


「んー? 悩み、と言われるとちょっと違うけどな。まあ、考え事してるのは事実だよ」


「悩みじゃないのか?」


「悩みといえば悩みなんだろうけど。ちょっと分からないことがあってさ」


「人に話せば楽になることもあると思うぞ。別に俺じゃなくてもいいし、俺でもいいならいつでも話は聞くけど」


 そうか? と樋渡は軽く笑う。

 少し考えたあと、樋渡は改めてこちらを向いた。


「例えば、お前のことが好きなんだろうなって女の子がいたとして。まあ、くるみで考えてくれてもいい」


「もう聞きたくないんだが」


 当たり前のようにいじってくるな。

 柚木は柚木で気にしていない感じだし、告白ってこんなもんなのかな。俺が重く捉えすぎなのだろうか。


 分からん。


「そのくるみが他の男に気のある素振りを見せたとするだろ?」


「ああ」


「くるみはどういう考えでそんなことをしてると思う?」


 また答えづらい質問だな。

 柚木を例に出さなければまだもうちょっと楽に考えられただろうに。


 そんなわけで、俺は頭の中で柚木ではない仮の女子を生み出してそれにすり替えて改めて考える。


 つまり。


 俺のことを好きな女子がいて。

 その子が別の男に好意を寄せているような態度を取っていて。

 その場合の、その女子の心境?


 知らんがな。


「浮気、とか?」


「でもちゃんと志摩のことも好きなんだぞ?」


「じゃあキープとか?」


「キープなあ。キープかあ」


 ひどく憂鬱そうに樋渡は呟いた。

 いま現在、そういう状況に陥っているということだろうか。


 そのとき、ふと俺の脳裏に過去のあの出来事が蘇る。思い出したくもない、けれどもふとした拍子に蘇るトラウマの記憶。


「あるいは、遊ばれてるとかな」


「遊ばれてる?」


「そ。惚れさせて、告白してきたらネタバラシをするみたいな」


「そんな残酷な遊びあるか?」


「世の中にはな」


 敢えて、それが俺の実体験であることは言わない。別に隠すことではないけれど、言いふらすことでもないと思うから。


 変に同情とかされたくないし。


「なるほどね。キープなり、遊びなり、可能性としてはその辺が有り得るのかもしれないけど、だとしたら辛い話だな」


「まあ、普通に考えすぎってパターンもあるかもな」


「それが一番平和的な未来なんだよなあ」


 言いながら、樋渡はどこか遠いところを見つめていた。

 そんな話をしている間に俺たちは体育館に到着し、中に入って前のクラスの練習が終わるのを待つ。


「話したらちょっと楽になったよ。サンキューな、志摩」


「これくらいでいいならいつでも言ってくれ」



 *



 完成している大道具を設置し、衣装も可能なものには袖を通し、できるだけ本番通りの練習を行う。


 その中で微調整があれば終わってからその都度修正を入れる。ステージでの練習はそんな感じで進んでいた。


 それも今回で五回目くらいだから、さすがにもうないだろうと思っているんだけど、修正はなくとも修繕があったりして結局仕事は増える。


 だから、それはもう諦めてる。


 そんなことには意識は向けずに本番さながらの演技を楽しむことにしよう。


 ステージでは主人公である鳴海透真役の伊吹と、ヒロインである水瀬千波役の陽菜乃が見事な演技を見せている。


 最初は随分ぎこちなかった陽菜乃だけれど、今では見違えるようにスラスラとセリフを口にしている。


 あれだけ成長してくれれば、こちらも練習に付き合った甲斐があったというものだ。


 しかし。


 こうして改めて通しでシナリオが進んでいくのを見ていると、自分のセリフの把握している量に引いてしまう。


 陽菜乃の役に関係している役限定だけど、陽菜乃のセリフの次のセリフはだいたい脳内で再生された。


「みんないい感じだな。こりゃいいとこまでイケるかもしれないぞ」


 隣で見ていた樋渡もご満悦な様子だ。


 けど、確かにレベルは高めな気がする。これはもしかしたら贔屓目なのかもしれないけど。


 そもそも、他のクラスの劇をまだほとんど見てないから良し悪しの判断もつかないが。


 そんなことを考えていた、そのときだった。


 ガシャン!


「あッ」


 思わず声が漏れ出る。

 ステージにいたクラスメイトが足を滑らせ転び、大道具を思いっきり倒して壊してしまった。


 ずっと見ていたから分かるけど、あれはわざとではないし、誰も悪くない。


 ただ一つ確かなこと。


 それは、あの大道具は作り直さなければならなくて。つまり時間が圧倒的に足りないということだ。

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