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第18話 わたしの気持ち


 彼氏とか彼女とか、愛とか恋とか、好きとか嫌いとか、そういうのはよく分からなかった。


 みんなで仲良くできればそれでよかったし、誰か一人と特別に仲良くなる必要はないと思っていた。


 小学生のときなんかはみんな友達で、クラスの仲のいい子と遊んでいたら、隣のクラスの子がやってきて、みんなで鬼ごっこをしたりした。


 そういうのでよかった。


 けど、中学生になるとやっぱり《《そういうこと》》に興味を持ち始める人が増える。


 男の子も。

 女の子も。


 だから。

 わたし、日向坂陽菜乃は一人だけ精神的に置いてきぼりにされてしまったような気持ちになった。


 それに気づいたとき、自分の一歩遅れた考えがなんだか恥ずかしくなって、ある日告白してきた男の子の気持ちを受け入れることにした。


 別にその男の子のことが嫌いではなかったし、一緒にいて楽しいとは思っていた。

 感情で言うなら間違いなく好きだったけれど、それが恋愛的かと言われるときっとそんなことはなかった。


 けれど。


 その人を特別だと思えば思うほど、その人が自分のことを特別だと思っているのだと思えば思うほど、ふわふわとした幸せな気持ちになることがあった。


 ああ、これが付き合うということか。


 そんなことを思った。


 わたしの気持ちが少しずつ変わり始めた頃。

 

 その男の子が放課後に教室で、友達と話しているところを目にした。楽しそうに話していたので、邪魔するのも悪いと思って立ち去ろうとしたとき。


 その男の子がわたしと付き合っていることを強く自慢していた。

 あまりよくは思わなかったけれど、そういうものなのかなと思って吐き出しかけた気持ちを飲み込んだ。


 その男の子は客観的に見て容姿が優れている方だと思う。端的に言えばイケメンというやつだ。

 だから、以前からわたしのことをよく思わない女の子がいることもなんとなく分かっていた。


 きっと、わたしに告白してきた男の子のことが好きだったんだと思う。

 それでわたしにどうこう思うのはお門違いだと思うけれど、それに対してどう言おうと意味はないので気づかないふりをしていた。


 それだけならば、それだけで済んだのに。


 その男の子は自分のことを良く言うだけでなく、他人のことを悪く言い始めた。

 聞いている友達が盛り上がり囃し立て、開いた口は閉じることなく、次から次へと言葉が吐き出される。


 気づけば、わたしは立ち去ることを忘れて教室の前で、悪いと思いながらも盗み聞きしてしまっていた。


 彼の口から黒い言葉が出るたび、わたしの中の彼への気持ちは消えてなくなっていく。


 そして、わたしは彼と別れることになった。


 それからは誰とも付き合ったりすることはなく、人の裏側を見るのが怖くて誰に対しても踏み込むことなく無難に過ごしていった。



 

 そんなわたしが彼と出会ったのは、高校受験のために鳴木高校に初めて来たときだ。


 受験を直前に控えて余裕のない状態だったにも関わらず、その男の子は困っているお婆さんを助けていた。

 どうしてか、その人から目を逸らせなかった。


 その日の帰り道、わたしがお気に入りのハンカチを落としたとき、その男の子が拾ってくれた。


 もちろん、偶然の出来事だったけれど、声をかけてくれたのが今朝の男の子だったと気づいたとき、不思議と胸が跳ねた。

 

『これ、落としましたよ』


『あ、ありがとうございます。これ、母からのプレゼントで……』


『それはよかった。それじゃあ』


 ただそれだけ。

 なにか見返りを求めてくるわけでもなく、その男の子はわたしの前から去っていった。


 たったそれだけだったけれど、わたしはそのとき、彼に他の男の子には感じないふわふわした感情を抱いた。


 なにがどうとは説明できないけれど、なんとなく彼のことを気にしながらそれからの日々を過ごして、無事鳴木高校に合格したわたしは、入学式の日に彼の姿を見かけた。


 声をかけようか迷ったけど、躊躇ってしまった。

 

 彼にとっては些細なことで記憶に残っているかも分からなかったから怖かった。


 だから、遠くからただ目で追うだけの日々。

 彼はよく一人でいたけど、なんというか一人が好きなのかなと思うとやっぱり話しかけるのは躊躇ってしまった。


 結局。

 

 話してみたいけど、話しかけるタイミングがなくて接点を作れないまま時間だけが過ぎていった。


 だからあの日、迷子のななを彼が連れてきてくれたとき、言葉が出なかった。


『……志摩くん?』


『……どうも。日向坂さん』


 なんとか彼の名前を絞り出した。

 

 彼はわたしが彼の名前を覚えていたことに驚いていたけれど、わたしからしたらわたしの名前を覚えてくれていたことに驚きだった。


 話したこともないのに。

 周りの人に興味なんてなさそうなのに。

 あの日のことなんてきっと覚えてなんていないのに。


 驚きと同時に嬉しくて、綻びそうな口元をきゅっとこらえて、いつもと同じようににいっと笑った。


 けど、それでもいいんだ。


 だって、やっとあなたと話せたから。


 この気持ちがどういうものなのか分からなくて、好きだとしても、それが特別なものなのかどうなのかも判断はつかないけれど。


 それはこれから、形になっていくはずだから。


 もしも、この気持ちに名前をつけることができる日がきたならば。


 わたしはあの日諦めてしまったなにかを見つけることができるかもしれない。

 

 つまり。


 その日ようやく、わたしと彼の日常は交わったのだ。

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