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第160話 ヒロインはだれ②


 二年三組所属、木吉大吾。

 比較的陽キャ寄りのグループに所属する男子生徒で、授業中なんかも騒いで盛り上げていたりする。

 自己中心的な騒ぎ方ではなく、あくまでも場を和ませようとするやり方は俺の中では中々に好印象だ。


 故にこういうときでも、こうして自分の意見を躊躇いなく口にできる。


 チクチク頭の短髪で高身長。体育会系の部活に所属しているのか体もガシッとしている。

 顔も整っているので、彼女がいる可能性が高い。知らんけど。


「ちょっと待って。なんでわたし!? 無理だよ!」


 木吉の突然の提案に、陽菜乃は動揺しながらもなんとか反対の意思を見せる。


「いや、ヒロインはやっぱ可愛い女子がいいと思って。このクラスの女子はみんなレベル高いけど、誰か一人ってなったら日向坂じゃね?」


 な? そうだろ? と木吉はクラスメイトに視線を向ける。うんうんと頷く男子がほとんどだ。


 残りの男子はというと別に反対しているわけではなく、恥ずかしくて素直に同意できていないだけ。俺とか。


「いやいや、わたしはあんまりそういうの得意じゃないし無理だよ」


 なおも引き下がらない陽菜乃。

 性格的にも率先して前に出るタイプじゃないしな。無理もない。けど、教室の雰囲気は着々と陽菜乃の望まない方向へ進んでいる気がする。


 最初は男子が肯定的な意見を漏らしていたが、徐々に女子も「陽菜乃ちゃんたしかに可愛いもんね」「文句言う人いないか」みたいなことを口にする。


 こうなると、いよいよ断るのが大変になってくる。



「日向坂さん、やりなよ。みんなこう言ってるんだしさ?」



 ざわざわとしている中、一際目立つように声を上げた女子生徒に注目が集まる。かくいう俺もそちらを見た。


 黒髪にピンクのメッシュ? みたいなのが入ったギャルみたいな女子生徒。毛先はウェーブがかかっていてうねうねしている。

 キツイ性格が表面に漏れ出ているような容姿をしている。好みはあるだろうけど、顔は整っているし可愛いことは間違いないだろう。


 なんか、女帝みたいなあだ名が似合いそうな雰囲気に、俺は勝手に苦手意識を芽生えさせてしまう。


 名前は……なんだっけかな。


「みんながここまで言ってくれてるんだしさ」


 この陽菜乃プッシュの空気に乗じて、女帝さんはさらに圧をかける。こうなると、陽菜乃は反論するのを躊躇ってしまうかもしれない。


 そこで助け舟を出したのは柚木だ。


「陽菜乃ちゃん。嫌なら嫌って言ってくれていいんだよ? でも、陽菜乃ちゃんが引き受けてくれたら嬉しいっていうのも本音なんだけど」


 柚木としても陽菜乃がヒロインになるのはありがたいらしい。

 まあ、演劇に出てみたい気持ちはあるけどメインどころはやっぱりしんどいって人はいるだろうし、そこが埋まれば立候補者も増えるかもしれない。


 柚木の考えはそんなとこかな。


「うう、でも」


「やりなよ、陽菜乃」


 そんな陽菜乃の背中を押したのは俺の前の席で成り行きを見守っていた秋名だった。


「絶対楽しいって。一生に一度あるかないかのビッグチャンスだよ? 私なら喜んで引き受けるけどね」


「じゃあ梓がしたら?」


「いや、私は今回裏方なんで」


「無責任なことを言う……」


 はあ、と陽菜乃は呆れたように溜息をつく。秋名から視線を戻すときに一瞬目が合ったような気がした。

 けど、俺にはどう助け舟を出したらいいのか皆目見当もつかないんだよ。


「……」


 陽菜乃は少し考える。

 その間、クラスメイトの視線は陽菜乃に集まる。誰もなにも話さないこの静かな時間も嫌だろうな。


「絶対日向坂さんがいいよ。みんなもそう思うでしょ?」


 そんな沈黙を破ったのはさっきと同様に女帝さんだ。みんなに同意を求めると、クラスメイトは改めて肯定的な意見を口にする。


「……うん。みんながそこまで言ってくれるなら、わたし頑張ってみるよ」


 そして、陽菜乃はついに答えを出した。

 納得しての答えなのか、それともこの圧に負けて渋々出した答えなのか。

 それは分からないけど、そう言った陽菜乃の表情は思っていたより晴れ晴れしていた。


 そのとき、ふと気になったのは女帝さんだ。あれだけ陽菜乃を押していたのに、決まったら決まったでなんだかつまらなさそうな顔をしていた。



 *



 その日のホームルームではすべては決まりきらなくて、結局翌日のホームルームに繰り越すこととなった。


 それまでに各自である程度の意見をまとめておくように、というのが俺たちに課された宿題だった。


「はあ」


 帰り道。

 学校から出るや否や、陽菜乃は盛大な溜息を漏らした。がっくり肩を落としているところ、お疲れモードらしい。


「どうかした?」


 これまでとやっていることはなんら変わらない。二人で並んで歩いているだけだ。

 たわいない話をしながらゆっくりと時間が過ぎていく放課後。駅までの限られた時間を二人で過ごす。


 けれど。


 隣に歩いているのが自分の好きな人だと思うと、これまで感じることのなかった緊張のようなものがある。

 同時に嬉しさというか、幸福感のようなものもあるけれど。

 

 できるだけこれまで通りに、違和感ないように頑張らないと。


 これからどうしていくか、結局全然考えれてないんだよな……。

 

「んー、まあ、いろいろあって疲れちゃった」


 いろいろあって、というのは間違いなくさっきのホームルームのことだろうな。


 俺はこのタイミングならと、気になったことを訊いてみることにした。


「演劇の話、あれってやっぱり嫌々な感じ?」


 カラカラ、と自転車の車輪が回る音だけがする。陽菜乃はしばし黙っていたけど、俯いていた顔をこちらに向けるとようやく口を開く。


「まあ、半々かな」


 そう言って、ぎこちなく笑った。


「半々なんだ」


「うん。嫌っていうか、後ろ向きな気持ちはあるんだけどね、でもせっかくみんなが言ってくれたし頑張ってみようかなっていう気持ちもほんとなの。それに、梓の言うとおりこの先あるかないかのことだしね」


「前向きだな」


「隆之くんもやろうよ。一緒に演劇出よ?」


 いいアイデアを思いついた! とでも言いたげに陽菜乃はぱあっと表情を明るくした。


 が、俺の答えは決まってる。


「いや、俺はいいよ。そういうキャラじゃないし」


「えー、それを言ったらわたしもキャラじゃないよ? それでも頑張るんだし、隆之くんも付き合ってくれても良くない?」


「俺は誰にも推薦されてないから」


「じゃあ明日、わたしが推薦しよっかな?」


「本気でやめてくれ……」


 まあ、もしそうなってもクラスメイトは反対するだろうから別にそこは問題ないけど。

 あんまり目立ちたくないからな。ほそぼそと小道具くらいを作っていたい。


「むう」


 しかし陽菜乃は納得していないらしく、可愛らしく膨れて見せる。それで怒ってるつもりかね。可愛いしかないぞ。


「……練習なら付き合うから。それで許して」


 俺の祈りが届いたのか、陽菜乃はおかしそうにぷぷっと吹き出してそのまま笑う。


「仕方ないなあ。ただし、わたしが満足するまで付き合ってね? やる以上はみんなに迷惑かけないようにしたいし」


「頑張ります……」

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