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第145話 同人誌を売ろう③


「どういう意味って……」


 どういう意味?


 どういう意味って、どういう意味だ?


 もちろん、人としてだ。

 それが答えなのだろうか。

 それ以外に答えがあるとしたら。


 例えば、女の子として……とか?


 柚木はモテる。

 彼女を好きな男なんて探せばごまんと出てくるだろう。そう考えると、女の子としていいやつ……というのもおかしくはない。


 それが正答か?


「ただいまー」


 俺が答えあぐねていると、両手に紙袋を持った秋名が満足げな顔でご帰還なさった。


 秋名が帰ってきたことで、俺と柚木の間にあった緊張した空気感も和らぐ。


「どったの?」


 俺たちの間の微妙な空気の変化に気づくのはさすがとしか言いようがない。


 しかし、ここで秋名に何かを言っても解決しないし変わらない。だから俺はいつもの調子で返す。


「お前がいない間に長蛇の列が出来てて疲れたんだよ」


「ほんとに? わー、すっご。ほとんど売れたじゃん。くるみパワー?」


「くるみパワー」


「くるみ……」


 残りわずかとなった自分の作品を見て、秋名は驚きを隠せないでいた。

 何冊印刷したのかは知らないけど、全部売れるとは思っていなかったらしい。


 こういうのってどれくらい売れたらいいんだろう。未知の世界すぎて相場が分からない。


「これは晩飯くらいじゃ割に合わないぞ?」


「んー、それじゃあ志摩はなにが欲しいのかな?」


「そう言われるとすぐに出てこない」


 欲しいものはなにか、と問われてすぐに答えを出せる人間は果たしてどれくらいいるんだろう。


 欲深い、とまでは言わないけれど自分の中にある欲を理解しているのはすごいことだ。


 それとも、俺が無欲過ぎるのか?


「彼女とか欲しいなら、一週間くらいなら付き合ってあげてもいいけど?」


「……いや、なんか大変そうだしいいや」


「失礼だな。これがガチ告白だったら結構凹む理由だぞ?」


「ガチ告白じゃないだろ」


「まあね」


 俺が言うと、秋名はぺろっと舌を出して悪びれた様子も見せずに笑った。


「志摩はどういう子がタイプ?」


 お客さんは落ち着いて、なおも暇な時間が続くので、よっこいしょとイスに座った秋名が話を続ける。


「考えたことない」


「じゃあ今考えてよ」


 こいつ、俺の過去のことを知っているのにこんな話題を振ってくるとはいい性格してる。


 このままでいいとは思っていない。

 もしかしたら、秋名もそう思ってくれているのか。だから、わざわざ俺に意識させるようなことを言ってくるのか。


 あるいは、やっぱり面白がってるだけなのか。


 秋名梓の真意は相変わらず煙を纏っていて上手く読み取れない。


「タイプの子、ね」


 しかし、考えたことがないのは事実なのだ。


 女子を好きになったのは一度だけ。

 しかもそれは虚像というか、幻想でしかなくて。この世に存在する人間ではなかった。


 だから。


 もし俺のタイプを言語化するならば、多分あのときの彼女がそうなんだろうな。


 榎坂絵梨花といろんな話をした。

 ということは、話が合う相手がいいのだろうか。


 榎坂絵梨花と笑い合った。

 ということは、一緒にいて楽しいと思える相手がいいのだろうか。


 榎坂絵梨花は優しかった。

 ということは、困っているときに手を差し伸べてくれる相手がいいのだろうか。


 全部そうなんだろうけど、大事なことはきっとそうじゃない。


 ただ唯一。


 榎坂絵梨花といるとき、緊張して疲れることが多かった。

 相手に好かれたいと思うあまり、自分をよく見せようと必死で無理をしていたんだろう。


 話が合うことは大事だけれど。

 楽しいことも必要だけれど。

 優しいことだって重要だけれど。


 中でも一番大切なのは……。


「強いて言うなら、一緒にいて落ち着く人かな。気を遣わないというか、疲れないというか……そんな感じ」

 

 俺は大きな声を出すでもなく、ただ独り言を呟くように言葉を吐いた。


「なんかガチな感じのきたな」


「お前、はっ倒すぞ」



 *



 帰り道。

 くたくたに疲れた俺たちはファミレスに入って晩飯を食べた。秋名が奢ってくれるというので遠慮なく食べてやった。


 どれだけの額を覚悟していたのかは知らないが、最終的な金額を見た秋名は「なんだ、こんなもんか」と呟いた。


 言ってみてえ。


 秋名とは電車で別れ、俺と柚木は二人並んで彼女の家に向かっている。


 時刻は夜の九時。

 こんな場所に変質者なんていないだろうけど、とはいえ女の子の夜道の一人歩きは危険なので家の近くまで送ることにした。


「悪くない? 隆之くん、自転車もないでしょ?」


 駅までは歩いていける距離だし、わざわざ自転車を使うようなことはしない。

 なので、もちろん今日も自転車はない。


「大丈夫だよ。夜の散歩とかきらいじゃないから。それに、一人で帰してなにかあったら後悔凄そうだし」


 街灯に照らされてはいるけれど、それでもやっぱり暗いは暗い。そこら辺の影からさっと現れてパパっと連れ去られる可能性だってゼロではない。


 もしそんなことになったら、俺は自分を許せないだろう。


「そっか。じゃあ、隆之くんとの夜道デートを楽しもっかな」


「随分チープなデートだな」


「いいじゃん、チープでも。お金がかかってればいいわけじゃないでしょ?」


 もちろん、そうはそうだけど。


「でも、近くの公園よりドリーミーランドのほうがいいだろ?」


「好きじゃない人とのドリーミーランドより、好きな人との公園の方がずっといい」


 柚木は即答した。

 そして、こちらを向いてはにかんだ笑顔を向けた。


 そんな彼女が「あのね」と、改めて会話を切り出したので、俺はその言葉の続きを待った。


 しかし、すぐに言葉は続かなくて、どうしたのかと思って見てみると柚木はスマホをしゅっしゅと触っていた。


 そして画面をこちらに向けてくる。


「これ、一緒に行かない?」


 見せられたディスプレイには少し離れた場所で開催される花火大会のページが映っていた。


「花火大会?」


「うん。どうかな?」


 花火大会か。

 久しく行ってないな。


 もともと人混みが好きじゃないというのもあるけど、そもそも行く機会がなかった。

 さすがに一人で花火大会に行こうとは思わないし、一緒に行く友達はいなかったからな。


「全然いいよ」


「ほんとに? じゃあ、決定ね?」


 にぱっと柚木が笑う。

 俺は大丈夫だけど、他のやつらはどうなんだろう。


「他のみんなはどうする?」


 俺が言うと、柚木はハッとした顔をする。

 変なこと言ったかな、と不安に思っていると柚木は真面目な顔をこちらに向けて、緊張した様子で口を開いた。




 

「ふたりで、行かない?」

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