第八話:終戦の裏には
2025年12月下旬、冬の冷気が桜丘高校を包んでいた。校庭の霜が朝陽にキラキラ光り、教室の窓ガラスは生徒たちの白い息で曇る。全学年合同覚醒者トーナメントから数日、黒桐翔人は窓際の席で頬杖をつき、外を眺めていた。水瀬麗亜に敗れた決勝戦の記憶——あの氷に閉じ込められた無力感がまだ胸に重く残っている。隣で成田大樹が購買のホットドッグを頬張り、いつもの調子で話しかけてきた。
「おい、翔人。もう怪我は癒えたか?」
「怪我はねぇよ。気持ちがズタズタなだけだ」
淡々と返すと、大樹が笑って肩を叩く。
「まぁ、そう落ち込むな。準優勝だぜ?俺なんか準決勝で瞬殺だ」
「慰めになってねぇ」
二人が軽く笑い合う中、教室のテレビが突然ニュースに切り替わった。キャスターの緊迫した声が響く。
「速報です。ロシア戦線および日本近海でのアメリカ連合とアジア連合の戦闘が突如終結。両陣営が全戦線から撤退を開始しました。理由は現時点で不明です」
教室がざわつき、翔人は目を鋭くした。日本近海? 戦争がここまで来てたのか?
2025年6月以来、世界はゲートと覚醒者の力を巡る争いで混沌に染まっていた。
アメリカ連合——アメリカ、イギリスなど強国が結集し、開戦早々にロシアに攻め込み、圧倒的な軍事力と覚醒者で降伏させた。ロシアはアメリカ連合に組み込まれ、次の標的としてアジアが浮上。
この脅威に、アジアを中心に中国、韓国、日本などが団結し、アジア連合を結成した。地理的にあり得ないドイツなども加わり、異例の連合が誕生。戦争はロシア戦線から始まり、アメリカ連合が制圧後、日本近海へと拡大していた。
東京湾沖では、アジア連合の日本艦隊が哨戒中だった。艦長が無線で報告する。
「アメリカ連合の空母が接近中!覚醒者を準備しろ!」
甲板で日本の覚醒者達が叫ぶ。
「『炎嵐』、発動!」
火炎弾が海を焦がし、アメリカ連合の小型艦を撃退するが、敵の反撃が迫る。イギリス出身の覚醒者が空母から応戦。
「『嵐翼』、発動!沈めろ!」
風が渦巻き、日本艦が傾く。艦長が焦る。
「敵の戦力が強すぎる!このままじゃ日本が戦場になるぞ!」
半年の消耗戦で両陣営は疲弊しつつも、アメリカ連合の勢いは止まらず、日本への侵攻が現実味を帯びていた。
だが、12月中旬、異変が起きた。
東京湾沖の日本艦隊が無線に飛びついた。
「何!?アメリカ連合が撤退だと!?」
「全艦が引き揚げ始めた!理由不明!」
ロシア戦線でも、アメリカ連合とロシア軍が攻撃を停止し、後退。アジア連合側も追撃せず、戦争が突然終わりを迎えた。日本が戦場になる寸前での終結に、誰もが困惑した。その夜、翔人は自宅のリビングでテレビを見つめていた。母・美奈子が心配そうに言う。
「翔ちゃん、ニュース見てたけど…日本が戦場になる可能性もあったらしいわね」
父・健太郎が新聞を手に補足する。
「東京湾沖で艦隊が睨み合ってたらしい。ゲートのせいで覚醒者が戦争に駆り出されてな。だが、なぜかアメリカ連合は撤退したってさ」
翔人が呟く。
「戦争がここまで来てたのか…」
政府の極秘会議室では、高官たちが囁き合っていた。
「ドイツの女剣士が現れたって噂だ。ロシア戦線で敵を壊滅させ、アメリカ連合を撤退に追い込んだらしい」
「一人で?名前は?」
「分からねぇ。上層部が箝口令を敷いてる。情報は噂だけだ」
ある高官が渋い顔で言う。
「彼女は人間なんかじゃない。別の何かだ。東京湾沖にも現れたって話もある。詳細は一切不明。アメリカ連合の艦隊を一掃したことで敵が撤退したって噂だ。真実かどうか分からねぇが、これで戦争が終わったのは確かだ」
ドイツの女剣士の影が日本にも迫り、戦争終結の鍵を握ったとされるが、真相は闇の中だった。
翌日、教室でニュースを見た翔人は、大樹と顔を見合わせた。
「なぁ、翔人。戦争が終わったってことは、ゲートの脅威も減るのか?」
「分からねぇ。ゲートは消えてねぇし、日本が戦場になるかもしれなかったってのが気になる」
担任の佐藤が教室に入り、生徒の質問に答えた。
「戦争は終わったらしい。だが、ゲートは残ってる。油断するなよ」
翔人が尋ねる。
「佐藤先生、水瀬はどうしたんですか?トーナメント以来、見ねぇけど」
佐藤が目を逸らし、気まずそうに言う。
「水瀬か…トーナメント後に政府に呼ばれてな。任務に就いたのか、別の何かか…詳しくは俺も知らねぇ。すまねぇ、翔人」
「そうか……」
水瀬麗亜の行方が不明。あの氷の強さが脳裏に焼き付き、胸に熱と悔しさが混じる。
放課後、翔人と大樹は校門を出て帰路についた。冬の冷たい風が吹き、遠くでゲートの光が瞬く。大樹が肩を叩いてくる。
「お前、今後どうする気だ?」
「決まってんだろ。もっと強くなる。あの氷をぶっ壊せるくらいに。いつか日本が戦場になっても守れる力が必要だ」
大樹が笑って拳を軽くぶつける。
「なら俺もだぜ。来年は一緒に決勝だな!」
「お前、また途中で負けるだろ」
二人が笑い合う中、空に雪がちらつき始めた。戦争は終わったが、ゲートの謎と覚醒者の戦いは続く。翔人は木刀を握る手を想像し、呟いた。
「水瀬……次は俺が勝つ。それが俺の戦いだ」
雪が舞う中、胸の火は静かに燃え続けていた。
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