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第七話:打ち砕かれる心


2025年12月、冬の冷気が桜丘高校を包み込んでいた。体育館の窓ガラスは白い息で曇り、外の校庭は霜でキラキラ光る。全学年合同覚醒者トーナメントの準決勝、観客席は熱気に包まれ、歓声と緊張が渦巻いていた。黒桐翔人はリングの中央に立ち、木刀を手に持っていた。冷たい床が靴底に染みて、汗が背中を伝う。


準決勝の相手はAブロックの3年、金属性の覚醒者だ。体が硬く、金属を操る力を持つ男が目の前に立つ。審判の「開始!」の声が響き、男が拳を握ると腕が金属に変化した。

「硬質化だ!」

金属の拳が迫るが、翔人は冷静に動いた。

「動きが遅せぇ。『黒刃突』!」

木刀に炎を纏わせ、金属拳を弾きつつ間合いを詰める。男が腕を盾に防御するが、翔人はすかさず蹴りを繰り出した。

「『霧脚波』!」

水を纏った蹴りが金属の腹に当たり、鈍い音が響く。男がよろめき、隙を見せた瞬間、炎の連続斬りが炸裂した。

「いけぇえぇ!」

拳を覆う金属がひび割れ、男が膝をつく。審判が手を上げた。

「試合終了!勝者、黒桐翔人!」

観客席から「すごい試合だったぞ!」と声が上がり、翔人は息を整えた。準決勝を勝ち抜き、決勝への切符を手に入れた。


もう一方の準決勝では、水瀬麗亜がまたも相手を瞬殺した。大樹を一瞬で氷漬けにした彼女は、Dブロックの勝者にも容赦なかった。冷気がリングを包み、試合開始の合図から数秒で氷の結晶が敵を封じ、審判が即終了を宣言した。彼女の冷たい瞳が決勝を待つ。


そしていよいよ、決勝戦が始まった。体育館は満員で、空気が震えるほどの緊張感に包まれる。翔人はリングに立ち、目の前に立つ水瀬麗亜を見据えた。肩まで伸びた黒髪に青いメッシュが映え、冷たい瞳がじっとこっちを見ている。武器はないが、その存在感だけで息が詰まる。

控室で大樹が「お前ならいけるぜ、俺の仇頼んだ!」と送り出してくれた言葉が胸に響いていた。ここまで来た。夏からの修行、技を磨いた日々——勝たなきゃいけねぇ。

「始めるぞ、水瀬」

翔人が低い声で言うと、水瀬が小さく頷いた。

「いいよ、黒桐。始めよう」

その声は冷たく鋭いが、どこか寂しげだ。審判の「開始!」の声が響き、観客席が静まり返った。


大樹が「アイツの氷に閉じ込められちまって、俺は反応すらできなかった」と言っていたのを思い出し、翔人は初手で凍結を避ける策を取った。

「『水影疾走』!」

水の力を纏ったダッシュで一気に間合いを詰め、木刀に炎を纏わせる。

「『黒刃突』!」

炎が唸りを上げて水瀬に迫る。彼女は右手を軽く上げ、冷気がリングを包んだ。刃に灯る炎が、彼女の氷の壁にぶつかり、チリチリと消える。

「何!?」

驚きに目を見開くが、止まらない。一瞬怯んだものの、攻撃に転じ、足に水を纏わせて加速した。

「『霧脚波』!」

水が弾ける蹴りが水瀬の脇腹を狙う。彼女が一歩下がると、足元から氷の結晶が瞬時に広がり、俺の動きを封じた。

「くそっ、氷が..」

足を抜こうとするが、硬くてビクともしない。水瀬が静かに呟く。

「思ったよりは早いね、黒桐」

その言葉に歯を食いしばった。まだだ。炎を強く燃やして氷を溶かし、脱出すると、再び木刀を構えた。

「なら、これでどうだ!『炎水纏』!」

炎と水を木刀に纏った連続斬りが水瀬に襲いかかる。観客席が「すげぇ!」とどよめき、手応えを感じた。善戦できてる。これなら——。


だが、水瀬の表情は変わらない。彼女が両手を軽く広げると、冷気が渦巻き、斬りが届く前に氷の結晶が空から降り注いだ。俺の動きが再び封じられる。

「……何?」

炎は届かず、水が凍りつき、木刀が氷に絡め取られる。水瀬が一歩近づき、静かに言う。

「黒桐、君の力は面白いよ。でも、私には届かない」

その瞬間、リングの床が一気に凍りつき、足が完全に固定された。必死に炎を燃やして抵抗するが、氷は増す一方だ。

「くそっ、動けねぇ……!」

観客席が息を呑む中、水瀬が右手を振る。冷気が爆発的に広がり、俺の体を氷の柱が包み込んだ。炎も水も全て防がれ、全身が凍りつく。


「まだだ!」

叫び、残った魔力を全部注ぎ込んで氷を砕こうとした。体が熱くなり、心臓がドクドク鳴る。だが、水瀬が冷たく見下ろし、左手を軽く握ると、氷がグッと締め付け、動きが完全に止まった。木刀が手から滑り落ち、カランと床に転がる音が響く。

「終わりだね」

彼女の声が耳に突き刺さり、審判が手を上げた。

「試合終了!勝者、水瀬麗亜!」

氷が解け、俺は膝をついた。息が荒く、汗と冷気が混じって体が震える。観客席が静まり返り、遠くで大樹の「翔人!」という叫びが聞こえた。


立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。水瀬が淡々と言う。

「君の技は悪くない。でも、私には届かなかった。次があるなら、もっと強くなってね」

その言葉が、俺の心を粉々に砕いた。善戦できていると思った。強くなったと錯覚していた。夏の暑さの中で木刀を振って、秋の夜に大樹と拳をぶつけ合って、技を磨いた日々——全部、無駄だったのか? 水瀬の絶望的な力に、ただ立ち尽くすしかなかった。彼女が背を向けてリングを降りる姿が、遠く霞んで見える。

「ほんとに……情けねぇな、俺」

唇を噛み、拳を握ったが、力が入らず震えるだけだった。悔しさと無力感が胸を締め付け、目が熱くなる。


控室に戻ると、大樹が駆け寄ってきた。

「おい、翔人!大丈夫か!?」

「あぁ……平気だ」

嘘だった。体は動くが、心がズタズタだ。大樹が悔しそうに拳を握る。

「くそっ、アイツ強すぎるぜ。俺は一瞬でやられちまったけど、お前ならいけると思ったのに……」

「現実はそう甘くないみたいだ」

ベンチに腰を下ろし、木刀を見つめた。炎も水も、何もかもが水瀬の氷に飲み込まれた。あの冷たい瞳と絶望的な力が脳裏に焼き付き、離れない。

「次は違う。絶対に勝つ」

大樹が頷き、真剣な目で言う。

「ああ、俺も修行し直す。お前と一緒に強くなるぜ」

翔人は小さく笑ったが、その笑みは苦いものだった。大樹の言葉が胸に響き、少しだけ救われた気がする。


体育館を出ると、冬の夜が二人を包んだ。雪がちらつき、ゲートの光が遠くで瞬いている。翔人は空を見上げ、静かに呟いた。

「水瀬麗亜……次はお前を越える。それが俺の戦いだ」

冷たい風が吹き抜け、雪が舞う中、胸に新たな火が灯った。でも今は、その火さえ凍りつきそうなほどの敗北感が俺を支配していた。トーナメントは準優勝に終わり、物語は新たな一歩を踏み出す準備を始めていた。


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