第六話:トーナメント
2025年12月、冬の冷気が桜丘高校を包み込んでいた。体育館の窓ガラスは白い息で曇り、外の校庭は霜でキラキラ光る。12月中旬、全学年合同覚醒者トーナメントの開始を告げるホイッスルが鳴り響き、観客席の喧騒が一気に高まった。黒桐翔人は控室の硬いベンチに腰かけ、木刀を手に持って目を閉じていた。息を整え、心を落ち着かせる。隣では成田大樹が拳をゴリゴリ握り潰し、気合いを入れている。
「なぁ、翔人。ついに来たぜ、トーナメント!俺ら、毎日の修行頑張った甲斐があるな!」
大樹の声が控室に響き、翔人は目を開けた。淡々と返す。
「そうだな。お前がサボらなかったのが奇跡だよ」
「俺だって真面目にやったさ。強けりゃ女の子にモテそうだしな」
大樹が豪快に笑うが、その目には正義感が光る。翔人は内心、熱い気持ちが込み上げていた。あのゲートD級戦以降、二人は修行を重ね、技まで考えてきた。優勝を胸に秘め、木刀の感触を確かめた。
トーナメントは全学年700人中96人の覚醒者で行われ、A、B、C、Dの4ブロックに分かれていた。ルールはシンプル。殺しは禁止で、実戦なら危険と判断されたら審判が即ストップ。降参も可能だ。翔人はAブロック、大樹はCブロック。うまくいけば決勝でぶつかる可能性があるが、Cブロックにはあの氷の少女——水瀬麗亜がいる。二人が見せ合ったトーナメント表で、それはバッチリ確認済みだ。
「水瀬か、あの時の氷の……まぁ、今のお前ならなんとかするだろ」
翔人が軽く言うと、大樹が胸を叩いた。
「俺は正義の味方だぜ?負けるつもりはねぇよ!」
その自信に、翔人は小さく鼻で笑った。こいつの原動力はいつも正義なんだな。
初戦が始まった。翔人の相手は3年の覚醒者、風を操る男だ。体育館中央に立つと、観客席から歓声が沸く。審判の「開始!」の合図とともに、男が風の刃を放ってきた。
「くらえ、『旋風——」
言葉が終わる前に、翔人は動いていた。夏からの修行で磨いた感覚が体を自然に動かす。
「遅ぇな。『黒刃突』!」
木刀に炎を纏わせ、風を切り裂いて一気に間合いを詰める。男が目を丸くするが、これはフェイクだ。次の瞬間、男の腹に翔人の蹴りが炸裂した。
「『霧脚波』!」
水を纏った蹴りが相手を吹き飛ばし、壁にドンと叩きつける。男がうめき声を上げて崩れ落ち、審判が手を上げた。
「試合終了!勝者、黒桐翔人!」
観客席から「あの一年つえぇ!」と声が上がり、翔人は木刀を下ろした。
「やりすぎちまったか……全力を出すまでもねぇな」
内心では満足感が広がり、胸が熱くなって口元が緩んだ。
一方、大樹の初戦も順調だった。青い光を纏った拳で敵を圧倒し、「正義の時間だぜ!」と叫んで観客を沸かせつつ勝ち進む。翔人はAブロックを勝ち上がり、2回戦、3回戦も圧勝だ。炎と水の連携で敵を次々倒し、技名を叫ぶまでもなく試合を終わらせた。
だが、Cブロックで波乱が起きた。大樹は準決勝で水瀬麗亜と対峙することになった。体育館に緊張が走り、観客席が静まり返る。大樹が拳を構え、軽く手を振った。
「よっしゃ、正義の味方、行くぜ!『青光衝』!」
青い光を拳に集中させて突進する。だが、水瀬は動かない。肩までの黒髪に青いメッシュが揺れ、その鋭い瞳が大樹を見据えている。彼女が右手を軽く上げた瞬間、冷気が体育館全体を包んだ。
シュウウウ…… パキパキパキッ
大樹は何があったか理解すらできず、次の瞬間、全身が氷に閉じ込められていた。青い光が届く前に動きが止まり、呆然とした表情が氷の中で固まる。審判が慌てて叫んだ。
「試合終了!勝者、水瀬麗亜!」
彼女は氷を解除し、大樹が地面に膝をつく。観客席が息を呑み、彼は茫然としていた。
控室に戻った大樹を、翔人が迎えた。木刀を肩に担ぎ、軽く声をかける。
「負けたか。どうだった?」
大樹が苦笑いしながら立ち上がる。
「悪いな、翔人。アイツの氷に閉じ込められちまって、俺は反応すらできなかった...」
翔人は目を細め、静かに答えた。
「そうか...なら、俺が仇を取ってきてやる」
その声に熱が宿り、大樹が目を輝かせた。
「頼んだぜ!正義の味方の分までぶちかましてくれよ!」
「負けた時点で正義じゃねえだろ」
「何!?酷ぇ奴だなぁ、お前!」
大樹がわざとらしく大声で笑うと、翔人もつられて小さく笑った。内心では、水瀬麗亜——あの圧倒的な氷の力への決意が燃えていた。決勝で待ってろ、と。
トーナメント初日、俺は怪我をすることもなく無事に終わりを迎えた。Aブロックを勝ち上がり、明日、準決勝が控えている。Cブロックでは水瀬が大樹を瞬殺し、Dブロックの勝者と準決勝だ。そして恐らく決勝で水瀬麗亜と当たることになる。二人は体育館を出た。冬の夜空にゲートの光が瞬き、冷たい風が二人を包む。翔人は大樹を見ずに呟いた。
「次はお前と決勝でやりたかったけど、水瀬が相手でもやることは変わらねぇ」
大樹が真剣な顔で頷く。
「ああ、アイツ強すぎるけど、お前ならやれるぜ。俺の仇、頼んだよ」
翔人は夜空を見上げ、小さく笑った。
「当たり前だ。大樹の分まで勝つさ」
体育館の灯りが遠ざかり、二人の足音が冬の静寂に響いた。明日への決意が、俺の中で静かに燃えていた。
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