第五話:夏と秋の鍛錬
2025年6月、梅雨が明けて初夏の陽射しが強くなってきた。桜丘高校の1年A組では、授業前に生徒たちがざわついていた。黒桐翔人は窓際の席で頬杖をつき、外の校庭を眺める。
「おい、聞いたか?アメリカの軍がロシアに攻め入ったってよ。ニュースで速報出てたぜ」
隣の席の男子が言うと、大樹が目を丸くした。
「マジかよ!ゲートのせいで戦争がやばいって噂、本当だったんだな」
翔人は眉を寄せた。この間親父が言ってた世界の緊張が、とうとう学校でも話題に上るようになった。自分と大切な人を守るため、戦闘プログラムを真面目に受けてきたけど、まだ足りねぇ。
1限目、スーツ姿の高橋が教室に入ってきた。政府直属危機管理課の男だ。
「諸君、今日はゲートの話をしよう。ゲートにはAからEまでの階級がある。Eに近づくほど敵は強くなる。この間、学校で発生した魔物のゲート——黒桐と成田が倒したあれはD級だ。一般人じゃ当たり前に歯が立たない。気を引き締めろ」
教室がざわつき、翔人は大樹と顔を見合わせた。D級でもあの苦戦だ。もっと強くならなきゃ。
昼休み、屋上で翔人は購買の塩パンを手に持って額の汗を拭った。隣では成田大樹がアイスコーラをゴクゴク飲んでいる。
「なぁ、翔人。夏も本番だぜ。暑くて死にそうだけど、戦闘プログラムは休ませてくれねぇな」
大樹の声が響き、翔人は塩パンをちぎって口に放り込んだ。
「怪物が来るのに季節は関係ねえからな。仕方ねぇよ」
D級ゲート戦以来、二人は力に慣れてきたが、まだまだだ。大樹がコーラの缶を置き、真剣に言った。
「でもさ、怪物と戦うならもっと強くなりたいよな。俺、あの青い光まだ安定しねぇし」
「俺もだ。この力を制御できねぇと」
二人が顔を見合わせ、大樹が立ち上がった。
「じゃあ、放課後また体育館で自主練だ!俺、負けねぇからな!」
「お互い頑張ろうぜ」
翔人が笑うと、大樹が肩を叩いてきた。あの日以来、二人は自分と大切な人を守るため、自主練を始めていた。
夏休み、蝉の声が庭に響き渡った。翔人は自宅の裏庭で、親にバレないよう木刀を手に持つ。炎を纏わせる練習を繰り返し、汗が額を流れ落ちる。蹴りに水を絡めようとするが、すぐ散って上手くいかねぇ。
「くそっ、まだまだだ……!」
息が上がり、手が震える。そこへ母の美奈子が水筒を持って出てきた。
「翔ちゃん、暑いんだから休みなさいよ。毎日そんな練習して、何になるの?」
心配が滲む声に、翔人は木刀を隠し気味に下ろした。
「母さん、心配しないでよ。ただの体力向上だからさ」
美奈子がため息をついて水筒を差し出す。
「そっか……でも、無理はしないでよね」
その優しさに胸が温かくなった。力を隠して修行するのは気が引けるけど、両親に余計な心配はかけたくない。
その日の午後、愛条遥がスイカを持って訪ねてきた。縁側で三人で座り、スイカを切り分けて食べる。遥が明るく言った。
「ねえ、翔人くん。秋になったら文化祭あるよね。私、見に行くからちゃんと頑張ってよ!」
「いやー恥ずかしいし、来なくていいけど」
翔人が種を吐き出すと、大樹が目を輝かせた。
「文化祭か!俺も楽しみだな!」
遥が笑って続ける。
「大樹くんも一緒なら楽しそう!でもさ、最近街が変で、お母さん心配してて……」
その声に不安が混じる。翔人は遥を見た。
「大丈夫だよ。お前もお母さんも、俺が守ってやるから」
遥が顔を上げて笑った。
「翔人くん、頼もしいね。ありがとう」
その笑顔に、守りたい気持ちが強く刻まれた。遥が笑顔でいてくれりゃ、それだけで頑張れる。
2学期が始まり、校庭の木々が紅葉し始めた。戦闘プログラムでは、政府から支給された戦闘マシン——D級ゲートの魔物相当の強さを持つロボットが相手だ。翔人と大樹はペアを組み、連携を試みた。翔人が水を纏った蹴りでマシンを転ばせ、大樹が青い光の拳で装甲を砕く。
「おお、やったぜ翔人!」
「まだまだだな。でも、少しはマシになったか」
二人が息を合わせて笑うが、力はまだ不安定だ。授業中、秋風に揺れる木々を眺めながら思う。もっと強くならなきゃ、助けるどころか足を引っ張っちまう。覚醒者としての責任が重い。
週末、遥が買い物袋を手に訪ねてきた。二人は商店街を歩き、秋の夕暮れが街をオレンジに染める。遥が小さく呟く。
「最近、街の雰囲気が変だよ。お母さんも心配してる。ゲートって何なの?」
「詳しくは俺も分からねぇ。でも、守るって言ったろ。安心しろよ、大丈夫だ」
遥が笑って頷き、決意がさらに固まった。こいつの笑顔が俺の背中を押してくれる。
ある日、裏庭で練習中、木刀に炎を纏わせた瞬間、親父が庭に出てきた。
「翔人、何だその火は!?」
驚いた声に、翔人は木刀を下ろし、覚悟を決めた。
「親父、母さん……実は俺、覚醒者なんだ。ゲートの魔力で力が目覚めた。入学初日に校庭でゲートが光って、そっから火と水が出るようになってさ」
母さんが目を丸くし、親父が眼鏡を直した。
「妙な力。お前にも発現していたなんて……」
「ああ。怪物と戦う力だよ。自分と大切な人を守るために、ずっと隠して練習してたんだ」
母さんが心配そうに口を開く。
「翔ちゃん、危ないことしてたの? そんな力、持たなくていいのに……」
「母さん、俺は大丈夫だ。強くなりたいんだ。家族や遥を守るためにな」
親父が厳しい顔で頷いた。
「そうか……なら、無茶はするなよ」
両親にバレちまったが、どこかホッとした。
10月半ば、高橋が教室に現れ、告げた。
「諸君、全学年合同の覚醒者トーナメントが冬に行われる。毎日の訓練の成果を発揮するチャンスだ。政府関係者も観に来る。実力を示せば、最高の装備と学費免除、政府公認のハンターとしての階級が得られるらしい。準備しろ」
翔人と大樹が目を輝かせ、教室を出て拳をぶつけ合った。
「成果を見せるチャンスだぜ!ハンターの階級とか最高の装備って、マジでヤバいな翔人!」
「学費免除もデカい。やるしかねぇよ。決勝で勝負だ、大樹!」
二人の熱が教室の外まで響き、体育館での自主練がさらに気合の入ったものになった。翔人は炎を木刀に安定して纏わせ、水を足に集中させて素早い蹴りを繰り出す。大樹も青い光を拳に集め、力強い一撃を放つ。
「翔人、だいぶ形になってきたな!」
「ああ、お前もいい感じだぜ」
夜、自室で木刀を手に持つ翔人は、窓の外を見つめた。秋の冷たい風がカーテンを揺らし、遠くでゲートの光が瞬く。
「俺、もっと強くなる。トーナメントだろうが実戦だろうが、この力を証明してやるよ」
静かな決意が胸に熱く灯り、秋の夜が深まる中、その火は燃え続けていた。
---