第三十六話:私の覚悟
2027年6月下旬。ワシントンD.C.のEDAアメリカ本部、私の部屋は静かで、デスクに広げた資料が薄暗い灯光に照らされている。窓の外では、夏の夜風がカーテンを揺らし、遠くで虫の声が微かに響いてくる。ハドソンから得た情報——SSS級ハンター、天鳳霞とウルトラゲートの謎が、どうしても頭から離れない。最近、夜中に目が覚めることが増えて、胸の奥がざわつくんだ。彼女の強さ、消息不明の理由、クロノファージとの関係。知れば知るほど、心が落ち着かなくなってくる。
アメリカでの日々も、もう長い。最初は慣れない空気に戸惑ったけど、今ではこの部屋も訓練場の喧騒も私の一部みたいだ。翔人の成長は目を見張るものがある。マサチューセッツの戦いから、「戦闘集中・焔」を安定させて、魔力の制御も上達した。A級ゲートを次々に攻略して、ハドソンに認められる姿は眩しすぎるくらいだ。それに比べて、私はどうなんだろう。伸び代がないんじゃないかって、最近よく考える。
魔力爆発後、他の人より早く覚醒した。日本で2人目にS級の称号をもらって、戦闘経験だってかなり積んできた。でも、強くなった実感が薄い。「氷華絶支配」は強力だし、「氷の加護」でどんな戦場でも冷静に立ち回れる。それだけなんだ。翔人とバディを組むようになってから、それを嫌というほど感じてる。彼は努力して、戦って、前に進む。私にはそういう熱い何かが足りていないのかもしれない。才能でここまで来たけど、それじゃ限界があるって、自分でも分かってる。
でも、今回は違う。ハドソンが隠してる秘密のゲート、その真相を追うのは、私のわがままなんだ。翔人に余計な心配をかけてしまうと思うと、心が重い。それでも、これが私には必要だ。ウルトラゲートの話は、EDA日本支部にも知られていない。ハドソンが五大国にすら共有しない機密だ。私が攻略して、翔人と日本に帰る。それが目標なんだ。そうしたら、紅葉にも今までのことを謝りたい。あの冷たい空気、初めて会った時からの距離。私だって、今は仲良くしたいよ。今度会ったら、私も努力して向き合いたい。
時計が深夜を指した頃、ドアが静かに開いた。翔人が帰ってきた。訓練場からだろう、焰刃を手に持って、軽く息を整えてる。私を見て、小さく笑った。
「麗亜、まだ起きてたのか?」
私はデスクから顔を上げて、軽く頷いた。
「うん、少し考え事してて」
翔人はベッドに腰を下ろして、天井を見上げて呟いた。
「なぁ、麗亜。今度一緒にそのウルトラゲートってやつ、見に行かねぇか? 師匠が隠してるなら、俺たちで見て確かめようぜ」
私は一瞬言葉に詰まったけど、「うん、分かった」と答えた。彼の声にはいつもの熱があって、私を少し安心させてくれる。でも、心の中では別の思いが渦巻いてた。
翔人、君はここにいなきゃいけない。アメリカで、ハドソンのそばで、もっと強くなって、クロノファージと戦う準備をしててほしい。私が一人でゲートを攻略する。これは私の試練だ。才能に頼ってきた私じゃなくて、私自身の意志で乗り越えたいんだ。君を巻き込むわけにはいかないよ。
翔人は天井を見上げたまま、軽く笑った。
「楽しみだな。麗亜と一緒なら、何でもやれそうな気がするぜ」
私は小さく微笑んで、「私もだよ」と返した。でも、その言葉の裏で、胸が締め付けられてた。窓の外、夏の夜風がカーテンを揺らし続けてる。私は資料に目を落とし、決意を固めた。機密事項であるゲートの真相を、私の手で掴む。それが、私の覚悟なんだ。
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