第三話:新たなる覚醒
2025年5月、初夏の風が桜丘高校の校庭を吹き抜けていた。春の柔らかさが薄れ、汗ばむような熱が空気に混じる。1年A組の教室で、黒桐翔人は窓際の席に座り、青空をぼんやり眺めていた。机の上には数学の教科書が開かれているが、頭の中は別のことでいっぱいだ。覚醒してから一ヶ月、火と水の力が手にあるのに、まだ使いこなせない。昨日だって情けなくて、夜通し寝付けなかった。
「おい、翔人!聞いてんのかよ!」
隣から成田大樹の声が飛んできて、ノートでバンバン頭を叩かれた。坊主頭に汗が光り、元気な声が教室に響く。翔人は目を細めて振り返る。
「うるせぇな、何だよ?」
「何だよじゃねぇって!今日の放課後、また戦闘プログラムだぞ。昨日ので懲りてねぇのか、顧問のじいさん!」
大樹の言葉に、翔人は小さく息を吐いた。あの謎の少女——水瀬麗亜に一瞬で片付けられた記憶が、まだ胸に重く残ってる。
「懲りるも何も、怪物が来るなら戦うしかねぇだろ」
声に疲れが混じる。大樹が肩を叩いてきた。
「まぁな!お前ならその火と水でぶっ倒せるさ。俺だって負けねぇからな!」
その明るさに、翔人は少し救われた気がした。こいつと一緒なら、情けない俺でもやっていけるかもな。
昼休み、購買のパン争奪戦を勝ち抜いた二人は屋上へ向かった。翔人はメロンパンを手に校庭を見下ろす。生徒たちが笑い合いながら走り回る姿は、まるで日常そのものだ。でも、校庭の端に光るゲートの裂け目が静かに現実を突きつけてくる。
「なぁ、大樹。あのゲート、最近よく光ってねぇか?」
翔人が呟くと、大樹がパンを飲み込んで答えた。
「ああ、俺もそう思うぜ。街でも変な噂が増えててさ。昨日、コンビニのバイトの兄ちゃんが『怪物見た』ってビビってたんだよ」
「マジかよ……」
翔人は眉を寄せた。ゲートの魔力で覚醒してから、毎日が落ち着かない。力があるはずなのに、使いこなせない自分が情けなくて仕方なかった。
その時、階段を上がってくる足音が聞こえた。振り向くと、愛条遥が息を切らして屋上に飛び込んでくる。中学生の制服が汗で湿り、ポニーテールが乱れている。純粋で大きな瞳が少し潤んでいた。
「翔人くん!大樹くん!やっと見つけたよ!」
「お前、どうやってここ入ったんだ?」
翔人が呆れた声で言うと、遥が胸を張った。
「ふふん、私には秘密のルートがあるんだから!中学生だって入れるんだよ!」
大樹が目を丸くする。
「すげぇな、お前!忍者みてぇだ!」
遥が得意げに続ける。
「それよりさ、翔人くん。お母さんに頼まれてたお弁当持ってきたよ。忘れてたでしょ?」
布袋を差し出され、翔人は少し顔を赤らめて受け取った。
「……サンキュ。忘れてた」
「おお、翔人って母ちゃんに弁当作ってもらってんのか!いいなぁ!」
大樹がからかうと、翔人は軽く睨む。
「うるせぇよ。お前だって家では母さんが作る飯食ってるんだろ」
「まぁな!でも俺、今日も弁当忘れて購買だぜ!」
三人が笑い合う中、遥がふと真剣な顔になった。大きな瞳に不安が浮かぶ。
「ねえ、翔人くん。最近、街で変な光見るんだよね。私、ちょっと怖いよ……」
その言葉に、翔人と大樹が顔を見合わせた。翔人は遥の頭を軽く撫でてやる。
「大丈夫だよ。お前は俺が守ってやるからな」
遥が「ほんと?」と目を輝かせる。優しい心がその表情に滲んでいた。守るとは言ったが、内心では俺にそんな力があるのかって不安が渦巻いてた。
放課後、体育館で戦闘プログラムが始まった。顧問の教師が汗だくで生徒たちを叱咤する。
「いいか、覚醒者だろうが何だろうが、訓練しねぇと意味ねぇ!ゲートが開けば怪物が来るんだぞ!」
翔人は木刀を手に、大樹と向かい合った。昨日の一件で少し慣れたつもりだったが、体がまだ力を制御しきれねぇ。
「翔人、今日こそ俺に勝ってみろよ!」
大樹が拳を構えて目を光らせる。翔人も木刀を握り直した。
「舐めんな。昨日みたいにはいかねぇよ」
二人が動き出した瞬間、翔人の手から炎が揺らめき、足元に水滴が浮かぶ。木刀に炎を纏わせて一撃を繰り出す。
「うおっ!」
大樹が拳で受け止めようとするが、油断した隙に木刀が肩に迫る。
「やべぇ!」
その瞬間、大樹の体がビクンと震えた。体内で何かが弾ける感覚に襲われ、目を見開く。
「お、おい!何だこれ!?魔力か?俺、覚醒してねぇのにありえねぇだろ!」
ほぼ同時に、体育館の外で異変が起きた。校庭のゲートが急に強く光り始め、生徒たちがざわつき、教師が叫ぶ。
「ゲートが活性化してる!全員下がれ!」
裂け目から二体の怪物が飛び出してきた。角の生えた狼と、触手の蠢く不定形の何か。黒い毛皮と赤い目、ぬめった触手が床を這う。翔人は木刀を手に持つと、大樹が拳を握った。
「翔人、やるか?」
「ああ、やるしかねぇだろ」
狼が唸り声を上げて突進してきた。翔人は炎を纏った木刀を振り下ろし、毛皮を焦がす。だが、触手が横から伸びてきて腕を絡め取り、動きが止まる。
「くそっ、離せ!」
炎を強く燃やして触手を焼き切ろうとするが、ぬめりが邪魔で思うようにいかねぇ。そこへ大樹が飛び込み、拳を振り上げた。
「離しやがれ!」
拳が触手に叩き込まれた瞬間、青い光が迸り、ゴンッと鈍い音が響いて触手が弾け飛ぶ。大樹が驚きの声を上げる。
「何!?俺、覚醒したのか!?」
ゲートの光が強まり、狼が咆哮を上げて襲いかかる。翔人は触手から解放され、大樹に叫んだ。
「大樹、援護しろ!俺が仕掛ける!」
「任せろ!」
翔人は木刀を炎で包み、足に水を纏わせて一気に加速。狼の横をすり抜け、水を纏った蹴りを腹に叩き込む。
「くらえ!」
水が弾け、狼がよろめく。すかさず大樹が青い光を纏った拳で顔面を殴りつけ、ゴキンと骨が砕ける音が響いた。
「うおおお!終わりだ!」
狼が倒れ、触手が最後の抵抗で絡みつこうとする。翔人は残った魔力を全て注ぎ込み、炎の木刀で触手を両断。
「消えろ!」
触手が燃え上がり、絶叫と共に崩れ落ちた。二人は息を切らし、倒れた怪物を見下ろした。
だが、勝利の余韻に浸る間もなく、翔人の視界が揺れた。魔力を使い果たした体が限界を迎え、膝から崩れ落ちる。
「翔人!おい、大丈夫か!?」
大樹の声が遠く聞こえ、意識が暗闇に落ちた。ゲートの光が弱まり、体育館に静寂が戻る。
目が覚めると、白い天井が広がっていた。保健室だ。頭が重く、体がだるい。枕元で誰かが動く気配がして顔を向けると、愛条遥がいた。茶髪のポニーテールが揺れ、純粋で大きな瞳が少し赤い。
「翔人くん!やっと起きた!」
安心した声に、翔人はかすれた声で答えた。
「……遥?お前、なんでここに?」
「大樹くんから聞いたよ!怪物と戦って倒れたって!心配したんだから!」
目を潤ませる遥に、翔人は弱々しく笑った。彼女の優しい心がその表情に滲んでいた。
「心配すんなよ。全然、平気だから」
「ほんとかなぁ……」
遥が疑うように見つめる中、翔人の胸に新たな決意が芽生えてた。自分の弱さを乗り越えなきゃ——この力、どうにかして使いこなさねぇと。
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