第一話:桜の火の始まり
2025年4月、春が訪れた。最近、街では妙な噂が飛び交っている——怪物だとか、光の裂け目だとか。都市伝説じみた話が流れていたその日、桜丘高校の入学式が始まった。
黒桐翔人は新品の制服に袖を通し、桜並木の下を歩いていた。黒髪が風に揺れ、鋭い目つきが少しだけ緩む。クールな印象の彼だが、心の中じゃ緊張がざわついてた。
周囲は新入生の笑い声で溢れ、桜の花びらが薄桃色のシャワーとなって降り注ぐ。春の風が優しく髪を撫で、新しい何かが始まる予感を運んできた。翔人は小さく呟いた。
「普通の高校生活か……まぁ、悪くないな」
隣を歩くのは幼馴染の愛条遥だ。茶髪のポニーテールがぴょこぴょこ跳ね、毎朝絡んでくる元気な中学生。
「ねえ、翔人くん!もう高校生なんだから、腕に包帯巻いて呪文唱えたりしないでよね!恥ずかしくて見てるこっちが死にそうだよ!」
大声で黒歴史を暴露され、翔人は足を止めた。顔が熱くなり、軽くため息をつく。
「うるさい。あれは男なら一度は通る道だろ。高校生になってもやってる奴がいたら、それは本物の勇者だ」
遥がケラケラ笑い、「あの頃の翔人くん、友達ゼロになるくらいヤバい奴だったよね!」と畳み掛ける。翔人は口元を緩めた。
「失礼な奴だな。まぁ、お前には敵わないよ」
花びらが舞う中、遥の笑い声が響いた。校門の前で立ち止まり、彼女は明るく言った。
「じゃあ今日からまた頑張ろうね!」
そう言って遥は反対側へ歩いていった。
翔人は小さく手を振って校門をくぐり、新しい風が吹いた気がした。
教室に着くと、1年A組は新入生のざわめきで溢れていた。翔人は窓際の席に座り、外の桜並木を眺めて頭を冷やそうとした。春の陽射しがガラス越しに暖かく、眠気が襲ってくる。そこへ、教壇に立つ男が現れた。担任の佐藤先生だ。厳つい顔に皺が刻まれているが、目尻には優しげな光があった。
「よし、新入生諸君!今日からお前らは桜丘高校の仲間だ。普通の学校生活を夢見てきたなら、少し覚悟しろ。今は時代が動き始めてるらしいからな」
教室が一瞬ざわつき、翔人は眉を寄せる。あの噂か? 笑いものだと思ってたけど、佐藤の声には妙な重みがあった。
隣の生徒が小声で呟いた。
「時代が動くって、どういう意味だよ……?」
佐藤はニッと笑って出席簿を開く。翔人は何か引っかかったが、まぁいいかと肩をすくめた。
昼休み、翔人は購買でメロンパンを買って校庭の隅へ向かった。桜の木の下で一人で食べようとした時、嫌な場面に遭遇する。
「おい、やめなよ!泣いてるじゃん!」
3人の男子生徒が泣きじゃくる女の子を取り囲んでいた。短い髪に華奢な体、制服のスカートが泥だらけだ。一人が肩を掴んでニヤついている。翔人は眉をひそめ、メロンパンをポケットに突っ込んで近づこうとした瞬間——
「てめぇら、何してんだ!」
別の方向から成田大樹が飛び込んできた。坊主頭に柔道部出身らしいガタイの良さで、男子の一人を肩で押しのける。
「お前ら、弱い奴いじめて楽しいか?さっさと消えろ!」
その勢いに乗って、翔人も間に入った。
「やめろって言ってるだろ。聞こえないのか?」
鋭い目つきと低い声に、3人は気圧されて逃げ出した。女の子は涙を拭き、「ありがとう」と呟いて俯いたまま去っていく。
残された二人は顔を見合わせた。大樹が豪快に笑い、でかい手を差し出す。
「お前、いい動きしてんな!黒桐だろ?俺、成田大樹。よろしくな!」
その笑い声につられ、翔人も口元を緩めて手を握り返した。
「黒桐翔人だ。お前と一緒なら、これから面白くなりそうだな」
「おお、気に入ったぜ!」と大樹が肩を叩いてくる。翔人はそれを軽く払い、メロンパンを取り出して半分ちぎった。
「昼飯まだだろ。半分やるよ」
「マジか!太っ腹だな、お前!」
大樹が目を輝かせて受け取り、二人は桜の木の下でパンを齧る。陽光が木漏れ日となり、穏やかな時間が流れた。大樹の明るさが、翔人の心に小さく火をつけた。
放課後、部活見学の時間だ。翔人は剣道部に興味があった。中学で慣れた木刀の感触が好きで、少し期待していた。
だが、体育館に足を踏み入れた瞬間、その気持ちは吹き飛ぶ。そこは戦場だった。
生徒たちが剣や盾を手に汗だくで動き回り、金属音と怒号が響き合う。顧問の教師が声を張り上げた。
「いいか、今年の2月から世界は変わった!ゲートが現れて、怪物がうろつき始めてる。お前らも覚悟しろよ!」
翔人は呆然と呟く。
「何だよ、これ……剣道じゃねぇぞ」
隣の上級生が苦笑した。
「最近こうなっちまってさ。ゲートが出てから、学校が訓練所みたいになってるんだよ」
その言葉が終わる前に、空気がビリッと震えた。校庭の端に光の裂け目——ゲートが現れる。生徒たちが騒ぎ出し、誰かが叫んだ。
「また出た!怪物が来るかも!」
混乱の中、翔人の体が熱くなった。手が汗ばみ、心臓がドクドク鳴る。俺、何か変だぞ、この感覚。
隣の大樹が目を丸くした。
「おい、翔人!お前、手からなんか出てねぇか!?」
見ると、右手から薄い炎が揺らめき、足元に水滴が浮かんでいた。赤く脈打つ炎と漂う水滴が妙にリアルだ。
「なんだ、これ……俺がやってんのか?」
驚く翔人を顧問が慌てて見つけた。
「ゲートの魔力が作用したのか……? お前、覚醒者だ!後で詳しく調べるぞ!」
窓の外、ゲートが不気味に光り、校庭に影を落とす。生徒たちのざわめきが大きくなり、「怪物」「逃げろ」の声が飛び交った。
「覚醒者……?」
翔人は自分の手を見つめた。炎が指先で揺らぎ、水滴が靴の周りで弾ける。頭が混乱して、心がざわつく。大樹が肩を叩いてきた。
「すげぇな、翔人!お前、なんか特別じゃねぇか!」
その明るい声に少し冷静さを取り戻した。でも、心の奥の不安は消えない。
その夜、翔人は自室でベッドに腰を下ろした。机に教科書が開いてあるが、そんな気分じゃない。窓の外、夜空に光るゲートが不気味に揺れている。昼間の騒ぎで学校は早めに解散となり、街中も妙な空気に包まれていた。
「覚醒者か……普通の高校生活はどうなっちまったんだ?」
彼は覚醒した手を見つめた。熱くて冷たい疼きがまだ残ってる。俺、これからどうなるんだ?
窓の外、ゲートの光が一瞬強く瞬き、翔人の胸に好奇心と恐怖が混じった炎が灯った。この日から、彼の運命が静かに動き出した。
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