第十話:デート?
2026年4月、高校2年の春が始まってまだ間もない週末。黒桐翔人は自室のベッドで目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝陽が、机の上の木刀を優しく照らしている。
時計は朝の8時を少し回ったところ。普段なら学校で大樹のデカい声が響いてる時間だが、今日は休日だ。
「静かだな……こういう日も悪くねぇ」
ベッドから起き上がり、軽く背筋を伸ばす。
トーナメントから4ヶ月、日常は少し落ち着いたが、ゲートの脅威は消えちゃいない。
俺の中で疼く炎と水が、それを思い出させる。
翔人はTシャツとジーンズに着替え、朝飯を食べるためにリビングへ向かった。
台所では母・美奈子が味噌汁を温めていた。
父・健太郎は新聞を手にソファでコーヒーを啜っている。
「おはよう、翔ちゃん。よく寝てたね」
美奈子が優しく声をかける。翔人は軽く頷いて椅子に腰かけた。
「おはよう。昨日ちょっと遅くまで起きてたから」
健太郎が新聞を畳み、口を開いた。
「EDAの話、まだ騒がしいな。日本支部も動き出したってよ。覚醒者ってのはお前みたいな奴らのことだろ?」
「そうみたいだな。でも、俺にはまだ関係ねぇよ」
翔人は味噌汁を啜りながら答えた。
EDA——地球防衛機関。戦争終結後に発足した覚醒者管理組織だ。具体的に何をするのか俺にはさっぱりだが、ニュースで毎日のように流れる名前が頭に残る。
朝飯を済ませ、1人の時間を過ごすことにした。
裏庭に出て、木刀を手に持つ。春の風が涼しく、散る桜の花びらが地面に舞う中、炎を纏わせて振るった。
「『黒刃突』!」
炎が唸りを上げ、木の的に焦げ目を刻む。
次に足に水を集中させ、素早い蹴りを放つ。
「『霧脚波』!」
水が弾け、地面に小さな跡を残した。あのトーナメントでの敗北——水瀬麗亜の冷たい氷に完膚なきまでにやられた日から、俺は修行を欠かしていない。
まだ満足できねぇ。あの氷を越えるには、もっとだ。
「まだ足りねぇ……あいつを、倒す力を....」
汗を拭いながら木刀を置く。午前中はこうやって過ごし、昼飯は母さんの残したおにぎりを食った。
塩気の効いた米が、疲れた体に染みる。
午後は部屋で漫画を読んだり、テレビを見たり。
ニュースではEDAの活動が流れ、ゲートの監視が強化されたと報じていた。
翔人はソファに寝転がり、思う。
「平和って言うけど、ゲートが消えねぇ限り終わりじゃねぇよな。平凡な高校生活なんて、俺には縁遠いのかもな」
そんなことを考えつつ、うとうとしていた時、玄関のチャイムが鳴った。
少し面倒臭ぇなと思いながらドアを開けると、愛条遥が立っていた。茶髪のポニーテールが春風に揺れ、中学生の制服にカーディガンを羽織っている。
幼馴染のこいつは、いつも唐突だ。
「翔人くん! お昼寝してたでしょ?」
「お前、どうして分かるんだよ?」
翔人が眉を寄せると、遥がニコッと笑った。
「だって、髪が寝癖でボサボサだもん! ねえ、今日って何か予定ある?」
「特にねぇよ。どうかしたか?」
「私も! じゃあ、一緒に出かけようよ! デートだよ、デート!」
遥が目を輝かせる。
翔人は少し面食らいつつも、頷いた。
「まぁ、いいけど。どこ行くんだ?」
「商店街! お母さんに頼まれた買い物あるから、付き合ってよね!」
「りょーかい。準備するから待っててな」
こいつはいつも元気だな。
話していると自然と俺も笑顔にさせられる。
商店街は春の陽気で賑わっていた。
遥が買い物袋を手に、翔人と並んで歩く。八百屋で野菜を吟味しつつ、彼女が笑顔で言った。
「翔人くん、最近頑張ってるみたいだね。なんだか頼もしく感じるよ」
「そうか? まぁ、毎日鍛えてるからかな」
「やっぱり! ねえ、私も今から強くなれるかな?」
「お前は守られてりゃいいよ。そのための俺だろ?」
遥が「ほんと!?」と笑うと、翔人もつられて笑った。二人はアイスを買い、ベンチで食べながら他愛ない話を続けた。
「お母さん、最近元気になったよ。翔人くんのお母さんとも仲良しでさ」
「うちの母さんも喜んでるよ。お前が来ると賑やかになるって」
「えへへ、嬉しいな! じゃあ、またご飯の時お邪魔しちゃおうかな!」
遥の笑顔には敵わねぇな。昔からずっと見てきたこいつの明るさが、俺の日常を少しだけ軽くする。
夕方、商店街を歩きながら帰路についていた時、異変が起きた。空が急に暗くなり、遠くで光が瞬いた。
ゲートだ。翔人が眉を寄せると、地面が微かに揺れ、商店街の端に裂け目が現れた。
「翔人くん、あれ……」
遥が怯えた声で言う。次の瞬間、ゲートから魔物が飛び出してきた。人型2体と狼1体、推定Cランク。
人型の魔物は歪んだ顔に赤い目がギラつき、狼は黒い毛皮に鋭い爪が夕陽に光る。
「くそっ、マジか!」
翔人が遥を背に庇うと、人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。人型の一体が近くの看板を叩き壊し、ゴロゴロと破片が転がる。狼が唸り声を上げて近づいてきた。
「翔人くん、怖いよ……!」
遥が震える声で言う。
翔人は木刀を手に持つ——いや、今日は持ってきてねぇ。しまったと思いながら、拳を構え、炎を纏わせた。
「大丈夫だ、俺が守る。絶対に」
ゲートの光が強まり、魔物が二人に迫る。翔人の胸に熱い決意が灯った。商店街の夕暮れが、戦場に変わる瞬間だった。
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