間話:剣王の覇道②
血黒山脈の頂に吹き荒れる赤い風が、黒い岩に囲まれた平地を満たしていた。
中央にそびえる古城は、崩れた壁に剣痕を刻み、過ぎ去った戦いの記憶を静かに語る。
ミラ・シュヴァルツリリーは聖剣・黎明を手に、6年もの間、異世界を彷徨い、8本の剣を集めてきた。
彼女は静かに歩を進め、運命の相手を求めた。
広間の中央に立つ影。漆黒の鎧に身を包み、肩に巨大な剣を担ぐ剣王レトだ。
長身から放たれる威圧感が、空気を重く沈ませる。
「ほう、久々の客人か」
低く野太い声が響き、その視線が彼女を捉えた。
「剣王レトだな。私はミラ・シュヴァルツリリー。地球という星に返して欲しい」
「願いだと?剣で勝てば叶えてやる。それ以外に道はない」
「...やはり戦うしかないのか」
彼女は剣を握り直し、深く息を吐いた。
ミラは身構え、光の斬撃を解き放つ。
黎明の刃が白く輝き、鋭い風を切り裂いて飛んだ。
だが、彼は巨大な剣を軽く振るい、その一撃を弾き返す。衝撃が床石を砕き、大気が唸りを上げた。
すかさず黒い斬撃が空気を切り裂き、襲いかかる。
彼女が黎明で受け止めると、腕が軋み、息が詰まる。迂闊に動けば死が待つ
——その確信が全身を貫いた。恐るべき威力だ。剣を持つ手に汗が滲み、背筋が冷たく凍る。
レトが左手を振ると、背後に黒い渦が湧き上がり、ゲートが開いた。
吸い込まれた斬撃が瞬時に背後から飛び出し、彼女は体を捻ってかわす。髪が数本舞い、床に散った。
「ほう、よく避けた。ゲートを見るのは初めてか?」
彼が低く笑い、剣を構えたまま続ける。
「空間と空間を繋ぐ力——我が斬撃はどこからでも襲いかかる」
ミラは目を細め、反撃に転じる。
剣を振るうたび、黒い斬撃がゲートを抜け、二方向から迫る。闇の渦が唸り、大気が切り裂かれる。
彼女は跳び退き、光の斬撃を放つ。
弧を描く刃が飛んだが、新たなゲートに吸い込まれ、別の角度から跳ね返される。
「一旦守るしかない..雷壁!」
剣を掲げると、異次元格納から呼び出した雷鳴が青黄色の電流を放ち、鉄壁の守りを築く。
跳ね返された光を弾き、電流の炸裂音が耳を劈く。
「奇黄の放撃」
彼女が雷鳴を振り抜くと、青黄色の稲妻が広間を支配する勢いでほとばしる。
稲妻は五つに分かれ、敵を捕捉。
雷霆の速さで襲いかかった。レトが巨大な剣を振り上げ、正面を弾くが、ゲートの再使用が間に合わず、側面の一撃が鎧を焦がす。
電流が迸り、彼の体が揺らぎ、煙が立ち上る。
ミラの瞳が鋭く光った。
「我が傷ついたのは、何年振りだろうか..」
野太い声が響き、彼は剣を握り直して構える。彼女は汗を拭い、青い瞳に炎を宿す。
広間に静寂が訪れ、焦げた匂いが漂う。
レトが巨大な剣を振るい、黒い斬撃がゲートに吸い込まれる。
三方向から襲う闇の刃が、空気を裂いて迫った。
彼女は目を細め、叫んだ。
「剣陣・天輪!」
異次元の扉が開き、7本の剣——夜闇、紅蓮、蒼嵐、翠毒、風牙、灼刃、雷鳴——が現れ、周囲に浮かぶ。
それらが高速で回転し、風を裂いて黒い斬撃を迎え撃つ。紅蓮が炎を吐き、蒼嵐が嵐を呼び、雷鳴が電撃を放ち、三つの刃を打ち消す。
衝撃が広間に響き、床が震えた。
「これで決める!」
ミラは全魔力を身に纏い、白いオーラが炎のように燃え上がる。一瞬にして間合いを詰め、風を切り裂く勢いで飛び込む。
聖剣・黎明を両手で握り、全力の一撃を解き放つ。
「黎明の裁き!」
迸る光の刃が、漆黒の鎧を狙った。
彼が即座に巨大な剣を振り切り、相殺を試みる。
だが、ミラは長年培った剣士の勘で軌道を読み切り、体を僅かに傾けてかわす。
空を切った剣の隙に、黎明が鎧を直撃。轟音と共に亀裂が走り、鎧が砕け散った。
レトが膝をつき、巨大な剣が床に突き刺さる。血が石に滴り、息が荒くなる。
「なんという技の精度、見事だ..」
レトが掠れた声で呟く。
彼女は黎明を下ろし、静かに見据えた。
「私の勝ちだな。約束通り、地球へ返してくれ」
低く笑い、彼は立ち上がる。傷を負いながらも威圧感は消えない。
「貴様は何者だ」
「剣士ミラだ。私は...地球という星から来た」
彼は首を横に振った。
「地球?そんな星は知らん。だが、貴様の剣技は見事だった。その願い、聞いてやろう。ついてこい」
巨大な剣を肩に担ぎ直し、広間の奥へ歩き出す。
彼女は警戒しつつ後を追う。薄暗い部屋にたどり着くと、金属と魔力を融合させた人型が佇んでいた。
無数の光点がその体を覆い、機械的な音が響く。
「こいつは我が知識の結晶。星々の情報を集め、解析する」
彼が淡々とロボットに命じた。
「地球という星を調べろ」
検索をしやすいよう、ミラは地球について詳しくそのロボットに伝える。
「地球は青い海と緑の大地を持つ星。太陽という恒星の周りを回り、人々が鉄と電気で文明を築いている」
ロボットの目が光り、低い唸りと共に計算が始まる。やがて、機械的な声が響いた。
「該当する星を確認。座標を特定。多次元空間における位置を算出完了」
座標を受け取り、レトは目を細める。
「遠く離れた世界だな。貴様を送るにはかなりの魔力が必要だ」
両手を広げ、黒い渦を召喚。広間が震え、空気が歪む。膨大な魔力が渦巻き、巨大なゲートが現れる。光が溢れ、地球へと繋がる道が開いた。
「行け、剣王ミラ。貴様の故郷へと繋がっているはずだ」
彼女は黎明を握り直し、彼を一瞥する。
「感謝する、剣王レト。いつかまた、あなたと剣を交えたい」
大きな城の中で、笑い声が響く。
「その時は負けん。達者でな」
ゲートの光の中へ飛び込み、異界での6年が終わりを告げた。
故郷へと引き戻す光が、広間に静寂をもたらす。
レトはゲートが消えるのを見届け、傷ついた体を支えながら剣を手に持つ。
戦いの炎は、まだ消えていなかった。
目を開けると、そこはロシアの戦場だった。
2025年12月、地球時間ではわずか10ヶ月しか経っていない。だが、ミラの体には異界での6年の重みが刻まれていた。
「何が...起きている?」
周囲を見渡すと、アジア連合とアメリカ連合の兵士が泥と血にまみれて戦い続け、ゲートから溢れる怪物が両軍を混乱させていた。
戦場は硝煙と叫び声に満ち、世界大戦が真っ只中だった。
「異界の魔物ではなく、人と人が争っているのか..?」
混乱が頭をよぎるが、彼女は聖剣・黎明を握り直した。剣の感触が、心を落ち着かせた。
偶然にもすぐ近くで、ドイツ軍で共に戦った仲間だった男が、アジア連合の将校として叫んでいた。
彼はミラを見て目を丸くした。
「お前は...ミラ・シュヴァルツリリーか!?あの光に飲み込まれて以来、どこにいたんだ!」
「異界だ。6年間戦ってきた。今、この混乱を止める」
将校が呆然とする中、ミラは戦場に踏み入れた。
アメリカ連合の戦車が迫り、砲口が彼女を捉えた。
轟音と共に砲弾が放たれるが、ミラは冷静に聖剣・黎明を振るった。
「黎明の光撃!」
聖剣から多方向に光の斬撃が飛び、砲弾を切り裂きつつ戦車に突き刺さる。鉄の残骸が散らばり、兵士たちが一瞬動きを止めた。
だが、すぐさまゲートから巨大な魔狼が飛び出し、咆哮を上げてミラに襲いかかってきた。
「まだ魔物もいるのか...!」
彼女は異次元格納から魔剣・紅蓮を呼び出し、炎の刃で魔狼の前脚を薙ぎ払う。
魔狼が動きを止めた隙に、聖剣・黎明で首を一閃。
血が地面に染み、魔狼が倒れた。
息を整える間もなく、アジア連合の覚醒者が風を操り、鋭い刃を放ってきた。
「誰だか知らねぇが、これでも食らえ」
ミラは聖剣・黎明を構え、風を切り裂く。
覚醒者が目を剥く間に距離を詰め、一撃で気絶させた。
「遅すぎるよ」
戦場を見渡す。兵士たちは混乱し、魔物は次々とゲートから現れる。ミラは剣を握り直した。
「私の力なら...戦争もゲートの魔物も止められる」
彼女の青い目が鋭く光り、戦場を駆け抜けた。剣王としての戦いが、新たな舞台で始まった。