なるべく痛くない方法でお願いします
最近、ずっと胃が痛いんです。
何か食べると痛いし、空腹でも痛いし、水を飲んでも痛いんですよ。
病院で胃薬とか漢方とか処方してもらったけど、全然ダメでした。
私、なんか悪い病気なの?
不安を感じつつも、消化に良い物をよく噛んで食べ、家族に「おばあちゃんみたいだね〜」なんて言われたりしながら、みぞおちをさすって過ごしました。
「胃カメラする?」
病院に三度目の薬をもらいに行った時、担当の先生に気軽な感じで言われました。
『お菓子食べる?』みたいなノリで。
「えっ………ちょ、ちょっと、考えさせて下さい…」
あまりにもビビりすぎて、急に告白された女子のような返事を返してしまう私。
だって、胃カメラなんて……怖いじゃないですか!
胃にカメラを入れるんですよ?
普通に考えて無理くない?
胃にそんなモノ入れちゃダメでしょ?
いや、でも、痛みの原因が分からないのは、胃カメラを入れるよりももっと怖い……かもしれない。
病気が判明するのだって早い方が絶対にいいはず。
だけど怖い。病気も怖いけど胃カメラも怖い。
かなり悩みましたが、優しい看護師さんが話を聞いてくれて、詳しく説明して励ましてくれたおかげで、なんとか決意を固める事が出来ました。
もうね、私は震える声で先生に懇願しましたよ。
「 な、なるべく痛くない方法でお願いします…」って。
先生は軽く頷くいて「じゃあ、鼻からだね」と爽やかな笑顔で答えてくれました。
鼻から……?
なんか、めちゃくちゃ痛そうな響きだけど大丈夫?
それ本当に大丈夫?
名医だって聞いてたのに、ちょっと先生の笑顔が胡散臭く見えてきたよ?
「口からだと、カメラを入れてる間えずいちゃうから、鼻の方が楽だって人が多いんだよ。まぁ、鼻腔が狭くて無理そうな場合は口からになるけどね」
な、なるほど。
確かに、胃カメラ入れてる間ずっとオエッとなり続けるのは辛いかもしれない。
「じゃ、じゃあ、鼻からで……お願いします」
そう答えながらも、私はふと思った。
一瞬、思ってしまったのだ。
鼻から入れようとして、でも実は鼻腔が狭くて入らなくて、やっぱり口に変更しましょう!……とかなったら最悪だなと。
この時はまだ、自らフラグを立ててしまっている事に気づいてはいない。
ちなみに、口からでも鼻からでも局所麻酔はしてくれるけど、それでもかなり苦しいらしい。
私、耐えられる自信が全くないんですが……。
もうこうなったら、追加料金がかかってもいいから、寝ちゃうヤツで(鎮静剤ありで)お願いしたい。
で、この寝ちゃうヤツ(鎮静剤)って、全身麻酔の事だと思ってたんですけど、別のものらしいです。
鎮静剤はウトウトして眠っているような状態になるけど、自分で呼吸が出来るそうです。 一方、全身麻酔は意識がなくなり自発呼吸をしなくなるため、機械に頼った呼吸が必要になるそうです。
そして実は、鎮静剤を使っても体はしっかりと痛みに反応しているんですって!
ただ、ほとんどの人は意識がもうろうとしているので、その痛みを覚えていないのだそうです。
えっ………なにそれ、怖いっ!
いや、でも、痛みを覚えてないなら、それはもう痛い体験をしていないのと同じ………なのか?
それなら、やっぱり鎮静剤ありの方がいいのかな?
結局、私は鎮静剤ありでお願いしました。
とにかく痛い思いをするのが嫌なので。
胃カメラ当日、10分前の9:50に病院に到着。
すぐに奥の部屋に通され、看護師さんから謎の紙コップを渡されました。
「胃の空気を抜くお薬です。全部飲んで下さいね」
紙コップの中には、200ccぐらいの少し濁った液体が入っていました。
うーん、水に粉薬を溶かしたみたいな味がする。
不味すぎて飲めないほどではないけれど、決して美味しいとは言えない味。
飲み終えたらベッドに横になるように言われました。
「今から、点滴をします。この針は柔らかいので、少しなら動いても大丈夫ですよ」
あぁ、ここから意識がなくなるのね。
そして起きた時には全てが終わっているのだろう。 できれば悪い病気とか見つかりませんように。
神様、仏様、ご先祖様、どうか何卒よろしくお願いします……とか考えながら目をつむったのに、何故か全く意識はなくなりません。
あれ? 待って?
私、鎮静剤ありでお願いしたよね?
意識がなくなる気配が全然ないんですけど?
「では、今から鼻に鼻血止めの薬を入れます。喉に流れてきたら飲んじゃって下さいね」
あ、なるほど、鼻血止めですか。
確かにそれは必要そうですね。
なんせ鼻から胃カメラを入れるんですから。
ブチュ、ブチュ、と両方の鼻にスポイトみたいな道具で薬が入れられました。
ん?……………うぎゃー!! に、にがっ!!
鼻から喉に流れてきた液体、少量だけどメチャクチャ苦いんですけどっ!!
もう涙が出ちゃうレベル。
これ、人生の苦い物ランキング1位かもしれない。
ゴーヤチャンプルを余裕で超えてきたよ。
「では次は、鼻に麻酔薬を入れます。これも喉に流れてきたら飲んじゃって下さいね」
ま、待って?
お次は麻酔薬……ですか?
あーうん。麻酔は絶対に必要だよね。
だって鼻から胃カメラを入れるんだから。
……………麻酔薬は、妙に甘い味でした。
なんて言うのかな? 体が拒否する味?
カゼ薬用のシロップがパワーアップしたみたいな?
少し経つと、鼻の奥や喉が痺れるような? 腫れているような? 奇妙な感覚が始まりました。
歯医者さんで部分麻酔をした事がある方は分かると思うんですけど、あのボワンとした感覚です。
麻酔が効いている部分が、腫れて分厚くなっているみたいな感覚?
あ、実際には全く腫れてないですよ。
でもこれね、唾液を飲み込む感覚が分からなくなるので、もの凄く恐怖を感じました。
「それでは、鼻にカメラが通るかの確認をします」
えっ? 確認……?
ま、まぁ、確かに確認は必要ですね。
なんせ胃カメラ初体験ですし。
「…………今って、痛みを感じてます?」
「あ、はい、痛いです」
「…………ですよね。少し鼻腔が狭めですね」
「え、あ、そうなんですか……?」
「どうします? このまま鼻でいきますか?」
「え、いや、あの………」
「この状態で痛いなら厳しいかな? どうします?」
「えっ……あ、えっと、じゃ、じゃあ口からで……」
「分かりました。では、口からにしましょう」
な、なんて事だ!
見事にフラグを回収してしまった。
でも、お願いすれば鼻でもいける感じだったな。
あーいやいや、やっぱ無理。だって痛かったもん。
途中なのに痛かったもん。麻酔使ってるのにさ。
「では、口からなので、今度は喉に麻酔をしますね」
「………………!?」
そ、そうだった。
さっきのは………鼻のための麻酔だった。
「薬は、出来るだけ喉の奥の方で止めて下さい。5分間タイマーかけますから、飲まずに耐えて下さいね。すぐ飲んでしまうと、喉に麻酔がかかりませんから」
えっ…‥ちょ、ちょと待って?
仰向けの状態で、出来るだけ喉の奥で薬をキープ?
無理ゲー過ぎない?
「喉の手前過ぎると効果がありません。すぐ飲んでしまっても効果がありませんから、頑張って下さい」
たぶん、この薬は鼻に入れたのと一緒のやつだ。
妙に甘くて体が拒否する味。
なるべく飲まないように努力はしたけれど、少しだけ飲んでしまいました。
この体勢で全く飲まないなんて絶対に無理だよ。
でも、麻酔が効かなくなるのは怖い。
耐えろ〜耐えろ〜耐えるんだ、私!
この5分は長かった。永遠かと思ったよね。
そして、ピピピっとタイマーが鳴った後、担当の先生が入ってきました。
「あ、鼻からダメだったんだ。じゃあ、口からだね」
「は……はい」
「では、今から始めますね」
「よ、よろしく……お願いします」
体は仰向けから横向きに。
首は少し下を向き、目は遠くを見る感じで力を抜く。
まだ、意識は1ミリもなくなってはいない。
スプレー状の麻酔を口の中にひと吹きしてから、口が閉じないようにするための、プラスチックの筒みたいな物を咥えて、テープで固定される。
顔を動かせないから先生の白衣しか見えない。
「5ですか?」「いや、4でいいよ」
看護師さんと先生の話し声が聞こえる。
うっすらと先生の手が見えた。
覗き込むような顔も見えた気がする。
優しそうで賢そうな顔なのに、胡散臭く感じてしまうのは何故だろう?
先生が何かしてる気がするけど、よく分からない。
「終わりましたよ」
看護師さんの優しい声にハッとする。
気が付くと私は、仰向けで寝かされていました。
部屋にはもう先生の姿はありません。
目に入った点滴の残量は1/3に減っていました。
「あの、私……寝てましたか?」
「はい。寝てましたよ」
「胃カメラしてる間、えずいてました?」
「あまり、えずいてはいませんでした。もしかしたら、そういう体質なのかもしれませんね」
残りの点滴が終わるまで横になっていると、プスプスとオナラが止まらなくなりました。
「オナラもゲップも我慢せずに出して下さい」
どうやらこれは、最初に飲んだ胃の空気を抜くお薬の影響らしいです。
いつの間にか、鼻の奥や喉の痺れるような? 腫れているような? 奇妙な感覚はなくなっていました。
麻酔の効果が切れたのかな?
点滴が終わり、ゆっくりと体を起こします。
恐る恐る立ち上がったのに、全然普通に歩けました。
ロッカーから荷物を取り出して、待合室の椅子で待っていると名前が呼ばれました。
「あーこれ、胃潰瘍だね。もう治りかけてるけど」
「胃潰瘍……でしたか」
「ほら、これね。この辺が赤くなってるでしょ? それと、小さいポリープもいくつかあるね」
「ポ、ポリープ!? それって、あの……」
「ほっといていいよ」
「えっ!? ほっといていいんですか?」
「うん。念のために、また2年後くらいに胃カメラしたらいいんじゃない?」
「そう、なんですね。あ、あの、ポリープが出来た原因って分かりますか?」
「あーたぶん、体質だね」
「体質……」
その後、受付でお金を払って病院を出ました。
特に問題がなかったから細胞の検査はなし。
強い日差しに目を細め、スマホで時間を確認すると、11:30を指していました。
1時間40分の大冒険です。
検査結果は、治りかけの胃潰瘍とポリープが少々。
とにかく悪い病気じゃなくて良かった!
この結果を聞けただけで、少し胃の痛みが軽くなった気がします。
きっと2年後、私はまた胃カメラをするために、この病院を訪れるのでしょう。
そして今度は、怯える事なくこう言うのです。
「ポリープがあるので胃カメラの予約を入れたいです。鼻腔が狭めなので口からしか出来ませんけど、なるべく痛くない方法でお願いします」と。