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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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幸せな眠りとパッションフラワー(4)

 春の嵐がきた。ここ数日、強い雨や風の日が多く、コーロも庭に出られない日々が続いていた。


 風邪の方はだいぶ良くなったが、レーネからはまだ精神不安定だと言われ、しばらく入院が続いていた。


 今日も酷い嵐。窓ガラスは雨が叩きつけられ、ガタガタと風の音が響く。あのパッションフラワーはまだ咲いているだろうか。この嵐で散ってしまっても不思議ではない。


 コーロは一人、パッションフラワーが散っていくイメージをしていた。なぜかそれが止まらなかった。風邪は治りかけているのに背中が冷え、嫌な悪寒が止まらない。夜もあまり眠れなかったが、その日の夜、レーネがやって来た。


 手燭を持っていたが、いつもよりレーネの表情が暗く見えてしまった。


「レーネ、何しに来たんだい?」


 コーロは上半身だけ身体を起こし、聞いてみた。こんな時間に訪ねてくるのは、疑問しかない。コーロが呼び出したわけでもなく、最近はさほど癇癪も起こしていなかったはず。


「悪い知らせだ」

「え?」

「昨日、アーダの容態が急変してな。もう生きていない」


 遠回しの言い方だったが、レーネが言いたい事は分かる。彼女なりのオブラートに包んだのだろうが、コーロは何も言えなくなっていた。


 そう言えば昨日、施療院の中が騒がしかったが、てっきり嵐の影響だと思っていた。今も嵐はやまず、風の音や雨音は妙に耳についていた。


「アーダの最期の希望で、施療院の皆に知らせるのは遅れた。すまないな。コーロもアーダと少し親しかったと聞くね」


 レーネは背筋を伸ばし、出来るだけいつも通りに振る舞っている事はわかった。口調も相変わらずだったが、時々、声がかすれていた。


「これ、アーダからの手紙だ。自分の最期の時が分かっていたのかも……」


 レーネは手紙を差し出す。呆然としているコーロに無理矢理渡す形になった。


「何、大丈夫さ。アーダは修道院で葬儀をあげたから、きっと天国にいるよ。そうに決まってるから」


 まるでレーネは自分に言いきかせるように呟き、去って行った。


 病室はまた真っ暗になった。


 コーロの手の内には手紙があったが、この暗さでは手紙を読む事は不可能だろう。それに今はアーダの死を受け止めきれない。


 久々に友達が出来たと思ったのに。こんなすぐに別れが来るとは思わなかった。アーダと話したい事ばかり浮かんでしまい、今は現実が受け止めきれない。やはり、死は不平等か。足もすくむような感覚もした。こんな身近に死があったなて。次は自分の番なのだろうか。


「そんな、アーダ。先に行かないでよ……」


 コーロの小さな呟きは嵐の音にかき消されてしまった。


 当然のように今夜は全く眠れなかった。一応レーネに不眠に効くというハーブティーを淹れて貰った。パッションフラワーのハーブティー以外のものを頼んだが、やっぱり上手く眠れない。嵐の音も耳につき、ようやく眠れたのは四時過ぎだった。


 この時ばかりはレーネも甘かった。少々癇癪を起こしても、笑顔で流された。


 こうして眠り、再び起きた時は嵐も収まり、綺麗な朝陽も登っていた。さっそくハーブ園にも行ってみたが、ほぼ全滅。もちろん、パッションフラワーも。


「まあ、仕方ない。嵐の日もあるさ」


 レーネはハーブ園を冷静に処理していたが、コーロは全くそんな気分になれない。寝不足のせいか頭も痛く、滅茶苦茶になったハーブを見るだけで悲しくなってきた。


 その後、一人、病室へ行き、何度も悩んだ末にアーダからの手紙を開いた。


 手紙は数行の素っ気ないものだった。コーロと親しくなれて嬉しい事。死んでも天国に行けると思うから悲しまないでという事のみ書いてあった。


 お手本のようなアーダの綺麗な文字を見ながら、コーロは涙も出やしない。


 突然置いて行かれたような理不尽さだけ胸に宿る。


「そんな天国なんて本当にある?」


 もう嵐は終わったはずなのに、コーロの声は暗く沈んでいた。

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