美食家のフェンネルティー(4)
断食一日目はシャルロッテも何とか乗り越えたが、他の参加者は全員逃げだした。結局、シャルロッテとコリンナだけが断食道場にいる。
一日のスケジュールは座学、ストレッチ、お祈り、スープやお茶の簡単な食事で終了。日が沈む時間には強制的にベッドに行かされた。朝も早く、座学では動物学、心理学、神学をレーネが教え、意外と退屈はしない。
コリンナは座学の時間、すっかり眠っていたが、シャルロッテは真面目に聞いていた。元々勉強は嫌いではなく、ヲタクっぽいレーネにも慣れてきたところ。
それに寝る前に飲んだハーブティーは、眠り薬のように強烈だった。レーネが特別に調合したというハーブティーだったが、一口目から眠くなり、夜中に貪り食べる事は不可能で、何とか一日目を乗り切る。
二日目朝、空腹で目覚めると、目やにがイパできていた。肌も綺麗になるどころか、ニキビも出て来た。
しかも何も食べていないのに下痢が始まり、午前中はほとんどトイレにいた。
一方、コリンナは全く健康そうで、肌も綺麗だった。頬もシャープになり、心なしか美人になっていた。
「断食効果すごいですね。頭が冴えて視界もクリアになったみたいよ。それにポジティブ思考にもなったみたい」
そんな事も言っていたが、シャルロッテは全く不調だ。この落差はなんだろう。単に年齢差で片付けたくないような……。
そんな悶々としてきたが、午後からが座学もなく、自由時間だった。
コリンナは修道院の菓子工房や売店を見学しに行った。断食中なのにすごいメンタルだ。
シャルロッテは修道院の牧場へ行くことにした。仔羊を見学できるというし、昨日の座学では動物も学んだ。動物と人間がふれあう事で心にも良いらしい。
修道院の牧場も意外と広く、肥料や土の匂いが鼻についた。
とはいっても、抜けるような蒼い空に、眩しい太陽。心地よい風。仔羊たちと遊んでいると、臭いもどうでもよくなる。午前中の不調も治って来たし、仔羊の鳴き声を聞きながら、シャルロッテも笑顔になってきた。
「めえ!」
「あなた、元気ねぇ」
「この子はメェ子という。よろしく」
「きゃ!」
仔羊と遊んでいたら、急に目の前にレーネが現れ、変な声を出してしまう。
レーネはワゴンを引いていた。ワゴンの上にはハーブティーやコップもあり、いい匂い。肥料や土の匂いも消してしまいそうな強そうなハーブの匂いがする。
「レーネさん、なぜここに?」
「いや、羊飼いや修道士たちにお茶を配りに行った帰りだよ。伯爵夫人、調子はどうだ?」
「よくないですよ……」
シャルロッテは思わず口を尖らせ、午前中の不調の文句を言う。
「良かったじゃないか。ニキビも下痢も身体の毒を出しているだけだ」
「そうなの?」
「目やにもそう。こういう時は無理せず全部出すんだ。問題ない」
レーネの男っぽい口調はどうかと思うが、目は意外と優しい。分厚いメガネも辞めれば良いと思うほど。
「このお茶は?」
「これはフェンネルティーだ。食欲を正常に戻し、視界もクリアにする効能がある。空腹時に飲むと良いと言われているし、女性の生殖器へも良いハーブティーだ。まあ、女性にピッタリなお茶だが、味は修道士たちにもウケが良くてな」
「へ、へえ」
レーネはハーブティーの効能を語っていた。いつもより数倍早口で捲し立てていたので、引いてしまう。
そうは言ってもまるで水を得た魚のようだ。レーネの目はキラキラと輝き、よっぽどハーブが好きなのだろうと思う。
「確かにハーブに科学や医学根拠はない。だが、結果的に健康になるになら、何でも良くないか?」
「そ、そうね……」
シャルロッテはレーネの圧に押されて、思わず頷く。
「フェンネルティー、飲んでみるか? 思えば断食中にもピッタリなお茶かもしれん」
「いいの?」
「ああ」
少しぬるくはなっていたが、レーネから一杯フェンネルティーを貰った。
確かに味はクセがある。少しスパイシーで刺激があったが、前に食べたジンジャークッキーよりはだいぶ味もまろやかだ。ぬるくても意外と飲める。
また心地よい風が吹き抜け、子羊たちも騒ぐ。元気の良い子たちで牧場を走り回っていた。
自由に走る仔羊たちを見ながら、何か答えが出そう。
今までは美食家と思っていた。美味しいものを食べて幸せだと思い込んでいたが、実は違った。伯爵夫人として箱の中のような不自由な生活。不妊での医者からの暴言や貴族連中の目。それに仕事に忙しい夫……。
「伯爵夫人、あなたが本当に満たしたいのは胃袋かね? それとも違うものか?」
レーネはそう言い、二杯目のフェンネルティーを勧めてきた。
「胃袋で満たせないものを、誤魔化したり、無視してないか? よく考えて」
レーネはそう言い、ワゴンを引いて施療院の方へ向かってしまった。
「胃袋で満たせないもの……?」
分からない。分からないが、なぜか夫の顔が頭に浮かんでしまう。
「めえ! めえ!」
仔羊たちがシャルロッテの側に帰ってきた。元気に鳴き声をあげ、甘えるようにシャルロッテを見ていた。