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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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幸せな眠りとパッションフラワー(3)

 コーロの入院は長引いていた。風邪は良くなってきたが、精神不安定だとレーネに指摘され、退院の目処は立っていない。


「ほら、コーロ。今日の昼ごはんは豆のスープとスペルト小麦のパンだ。後、栗のケーキもあるぞ」


 レーネが食事を持って病室へやってきた。前まではユリウスが食事の世話をしてくれたはずだが。


 コーロはベッドから上半身だけ起こし、レーネに効く。


「ユリウスも過労で休暇中なんだよ」

「過労?」

「そうだ。ワガママな老人に付き合うのも楽ではないから」


 レーネの口調はいつになく静かだったが、自分の事を言われたのだろう。コーロは顔を赤くして下を向いてしまう。


 今は大人しく食事をしていた。レーネに手伝ってもらいながら、薄味のスープやパンを口に運ぶ。時々飲み込めず、大きな咳も出てしまうが、レーネは平然と介助を続けてくれた。


「嫌だね。歳をとるのって。できない事がどんどん増えていく。昔は元気にパンもスープも食べられたんだ」

「そう悲しい事言うな。老いも素晴らしいものだぞ」


 スープもパンも何とか咀嚼し終えると、レーネは栗のケーキを切りわけていた。見た目は茶色も地味なケーキだったが、ふわりと甘い匂いが漂い、コーロは思わず目を細めていた。


「なぜだい? 歳をとるなんて良い事ないよ」


 死へのカウントダウンも始まる。何も楽しいとは感じられない事なのだが。


「だってどんな金持ちも、どんな権力者も、どんな美人も平等に老いと死がある。もっとも死ぬ時期は人それぞれ違うが、何て神様は平等なんだと思うね。これから逃げられる人は誰もいない。素晴らしい。美しく平等だ」


 レーネはニヤニヤ笑いながら頷く。


「だったら生きている間に何も良い事がなかった人が可哀想じゃないか。やっぱり老いなんて良いもんじゃない」


 コーロもそんな人生だった。若い頃もろくな記憶がない。今食べている栗のケーキは美味しいが、やはりこの世界は不平等だと思ってしまう。


「でも死後の世界もあるぞ。生きている間にした悪い事も全部神に裁かれるんだ。うん、やっぱり老いも死も平等じゃないか?」

「そうかな」


 レーネの言う事はいまいち納得できなかったが、食後に出されたパッションフラワーのハーブティーを飲んでいたら、少しは落ち着いてきた。このハーブに鎮静作用がある事は確からしい。


 どんなハーブが気になり、施療院の側にあるハーブ園をみたくなった。レーネによると、いつでも見学可能だった。


 それに今日は気候もいい。春の終わりかけ、初夏とも言えない中途半端な時期だったが、風も心地よく、空は澄んでいた。薄いベールを被ったような青色が特別綺麗に見えてしまう。


「あ、これがパッションフラワー」


 すぐにパッションフラワーは見つかった。全体的に淡い緑色のハーブ園のなかで目立っていた。特に花びらが派手。


 花の子房軸は確かに十字架にも見えた。遠目には小さな時計のようにも見える。副冠も棘の冠のよう。以前レーネが言っていた事を思い出すが、確かに信仰者にとっては特別な花に見えるかもしれない。


「パッションフラワー、綺麗ね」


 コーロはぼーっと花を見ていただけだったが、声をかけられた。


 てっきりレーネかと思ったら違った。コーロと歳が近い老婆だった。コーロと違い、髪は抜け落ち、帽子で隠していた。痩せ細り、コーロよりも弱々しそうな体格だったが、目には光が宿り、表情は明るい。コーロよりもよっぽど明るそうな老婆だった。


「私も施療院で面倒みて貰ってるんだ」

「へえ」

「名前はアーダっていう。あなたは?」

「コーロ」

「へえ、いいじゃん。一緒にハーブ園見てみようよ」


 アーダに手を引かれ、ハーブ園を見て回った。アーダはレーネほどではないが、ハーブが好きらしく、効能など蘊蓄を語っていた。


「レーネから色々教わってね。ハーブもなかなか楽しいもんだよ」


 そう語るアーダは笑顔だ。身体はどう見ても健康的ではなかったが、心は明るそう。コーロには無い性質だった。最新はなんとなくアーダが苦手だったが、毎日ハーブ園で会うようになったら、自然と親しくなっていった。


 まさかこの歳で友達が出来ると思わなかったが。人嫌いのコーロだったが、アーダと話すのは楽しみになっていた。


「パッションフラワー綺麗な花ね。何だかこの花を見ていると、死ぬのもあんまり怖くないっていうか。天国行けるかも。そんな気がする。レーネの影響受けすぎ?」


 アーダはよくパッションフラワーの花を見つめながら、そんな事を語っていた。


 正直、コーロにはよく分からない感覚だったが、確かにパッションフラワーは綺麗な花。荒んでいたコーロの心も、この花を見ていたら、少しは心が休まっていた。

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