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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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幸せな眠りとパッションフラワー(1)

「歳なんてとるもんじゃないね……」


 コーロ・バシュは散らかり放題になった家を見ながら呟く。


 森の中にある小屋のような一軒家だ。木造で雨漏りもする酷い家だったが、人嫌いのコーロにとっては案外居心地は悪くはない。


 若い頃は魔女だと誤解を受け、教会の連中から迫害された過去もあった。酷い時は殺されそうにもなったが、遠い過去の事。コーロは昔の事は忘れつつあった。これも歳のせいか。


 コーロは七十過ぎの老婆だ。この国平均寿命より十五年以上長く生きていたが、何も嬉しくない。若い頃の記憶も薄れていたし、少し前の記憶も忘れっぽい。現に今も春物のストールを探していたが、どこに置いたのか忘れてしまった。寝室や居間、キッチンなどをひっくり返しながら探しているが、どこにも目的の物はない。どんどん部屋が汚れていく。あっという間に足の踏み場もなくなっていた。


「いや、本当にどこにストールを置いたんだ? わからない」


 本当に分からない。明らかに物忘れが酷いが、医者に行っても「歳のせいでしょう」と言われるだけで、今は村の修道院の連中に面倒を見られていた。


 かつては修道院の連中など大嫌いだったが、若い頃の記憶も薄れつつある。それが良い事なのか、悪い事なのかは不明だが、今の修道院の連中は普通に優しく、特に問題はなかった。むしろ今は世話になりっきりだ。修道院の者がいなければ、コーロはとっくに死に絶えていただろう。


「それにしてもストールはどこに置いたんだ? 出てこない、出てこない……」


 洋服ダンスをひっくり返した時、悪寒がした。ストールは相変わらず出てこないが、コンコンと咳も出た。痰も出て、熱っぽさも覚えらた。だるい。


 少し動いただけでも、ぜいぜいと息切れして体調不良。全く歳なんてとるもんじゃない。こんな風に体力もない。背中も曲がり、髪も真っ白。顔も皺だらけ。肌は水分もなく、いつも粉っぽくパサパサしている。感情のコントロールも下手にった。何より記憶力もなくなり、自分が何をしているのか分からない時もある。現に今もストールを探しているつもりだったが、その目的も忘れそう。


「あれ? 私は一体何をするつもりだったんだ?」


 首を傾げるが、分からない。今は体調不良の不快な症状の方は勝り、大きく咳き込んでしまう。


「コーロ!」


 そこに修道院の者がやってきた。確か名前はユリウス。黒い修道着を着ている大柄の男だ。まだ若い男だったが、こんな老婆の世話もよく見てくれる変わった男。見た目は大型犬のようで善良な人物でもあったが、コーロとあまりにも違い過ぎる。隣にユリウスは立つと、体格差がえぐい。コーロは小人になったような気がした。あまり居心地は良くない。


「コーロ、また散らかしたんか。どうしてそんな散らかすんだ?」

「わからない。何か探しているつもりだったがな……」


 ユリウスは呆れつつ掃除を手伝ってくれた。自分と全く違う人物ではあるが、こうして手伝ってくれるのは、ありがたいのか。それだけは理解でき、コーロは何度もお礼を述べていた。


「いや、コーロ。そんなお礼なんて言わなくていいからさ」

「そうか?」

「そうだよ。もう少し掃除も自分で出来るようにしよう。あと、料理は作った日付をちゃんとメモして。腐る前に食べるんだ。これだけは守ってくれよ」


 ユリウスはまるで子供に接するような口調。下に見られている事は確か。それでも文句などは言えない。コーロの思い過ごしかもしれないし、こうして世話してくれる事は有難い事だと理解はしていたから。


「いやだね。歳のせいかね。本当に歳をとるのは嫌なもんだよ」


 コーロはそういう時、咳き込んだ。狭くて古い家のコホン、コホンと音が響く。


「こうして咳も止まらない。体力もない。皺くちゃで白髪の婆さんに何の価値もないさ」

「ちょ、コーロ。後ろ向き過ぎるぞ。正気に戻ってくれよ」


 ユリウスは大きな手で背中をさすってくれたが、咳は全く止まらない。村の方では風邪が流行っていると聞いたが、森の中の家で引きこもっているコーロには無関係の話だと思い込んでいた。


「ああ、本当に歳を取るのって嫌だわ。もうすぐ私は死ぬのかね」

「いやいや、コーロ。そんな悲しい事を言うのはやめておくれ」


 ユリウスは目を潤ませ、本当に悲しそうにしていた。いつもは子供と接するような態度だったが、人間として慎重してくれている事は確からしい。


「いや、もうだめだ。辛いよ……」


 咳は全く止まらず、息切れた。意識も続かず、その場にしゃがみこんだ瞬間、目の前が真っ黒になってしまった。


「私はもう死ぬんか……」


 修道院の連中のようにコーロは信仰心はない。死んだら土に還って終わりだと思っていた。それでも目の前に迫る「死」への恐怖心は人並みにある。


 この恐怖心も簡単に忘れられたら良いとコーロは思う。ストールの場所はすぐに忘れてしまうのに、なぜこの恐怖心だけは上手く忘れられないのだろう。


 父、母、兄、妹、弟も早くに亡くした。土に帰った彼らを想うと、余計に恐怖が増す。彼らは戦争で亡くした為、死に顔は全く穏やかではなかった。むしろとても苦しそうだった。


 もうすぐそれは近い。コーロは消えかける意識の中で、死についてばかり考えていた。


 死んだらどうなるの?

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