安息日のカモミールティー(4)
修道院では恋愛、結婚、色恋沙汰は禁止だ。神父も修道士もシスターも生涯独身、神に一生を捧げる覚悟でやって来る。
時々、貴族のお嬢様達がマリッジブルーを拗らせて逃げるように修道院にやってくるが、大抵は長続きせず、逃亡するのがオチだった。というのも修道院では断食の習慣もあるし、色恋沙汰も御法度。肉もごくたまにしか食べられない。何より神に一生を捧げているので、祈りの時間も多い。村人への奉仕の時間も多い。そんな環境で長続きできる貴族のお嬢様は滅多にいなかった。もっとも信仰心を持ち、神へ忠誠を誓ったものは別だが。
「という事で、俺は神様へ一生を捧げています。ズーザンと結婚するなんて無理ですから!」
ユリウスはそう宣言し、逃げるようにズーザンの目の前から立ち去ったが、彼女は案外しつここかった。
翌日、両親ともに修道院までに押しかけ、結婚するように言われた。向こうは金持ちの家だ。金で何でも解決できると思い込んでいるようで、ズーザンと結婚するならと大金や家、土地を贈ると言ってきたが、ユリウスは頷く事などできない。
「あぁ。レーネ、困ったよ。まさかズーザンに惚れられるとは思ってもみなかった」
朝、礼拝堂で一人祈っていた。もう自分も手に負えない。神に祈るだけだと長々と祈っていたが、レーネも入ってきた。
レーネの顔を見たら思わず、愚痴ってしまう。
「どうしてこうなった。何で修道士に惚れるん?」
ユリウスは頭を抱えているが、レーネは少し面白そうに笑っていた。
「ユリウスは自分では気づいていないだろうが、案外美男子だからな」
「そうか?」
「村の娘達が噂している事もあった。私も何やら誤解され『ユリウスを奪わないで!』と言われた事もあったな」
「うそ、うそだろ?」
ユリウスは信じられない。目を丸くしてしまう。そもそも自分の事を美男子だと思っていないし、色恋沙汰など全く縁がないと思っていた。修道士に懸想するなんて、ユリウスの中には全く無い発想だった。
「まあ、自分の事は自分ではわからないから」
レーネはそう言うと、籠の中に入っていたハーブティーを手渡した。
「カモミールのハーブティーだ。鎮静作用がある。熱病にも効くが、そのズーザンって子にこのハーブティーをあげた方がいいな。きっと頭がおかしくなっている。鎮めないと」
「いやいや、レーネ。カモミールティーなんてズーザンにあげたら嫌味ですって」
「そうか。じゃあ、自分で考えてこの件を解決するんだな」
レーネは手を振り、籠を持って礼拝堂から出て行ってしまった。
一人残されたユリウスはカモミールティーのティーバックの匂いを嗅いでみた。少し甘く、果実のような余韻のある匂い。
この匂いを嗅いでいたら、ユリウスの気分もだいぶ落ち着いてきた。そういえばレーネは、時々カモミールのティーバックをくれた事を思い出す。神学の試験の前など決まって緊張する事の前に。
普段、レーネはそっけない。ハーブの目がなく、口調も男っぽい。何か一つの事を極めている姿も男っぽいと思うが、根から冷たいわけでもない。本当はレーネが優しい事はユリウスも知っていた。根っから冷たい人なら、こんな時にはわざわざハーブティーをあげたりはしないだろう。
「そうだよな。ちゃんとズーザンには誠心誠意断らないと……」
今日もズーザン達が修道院にやって来たが、ユリウスは神への信仰心を語り、一生を捧げた事を語った。時には頭を下げ、誠実に全てを話したが。
一応ズーザンは分かってはくれた。もう修道院には押しかけないとも約束してくれたが、不満そうだった。納得いっていない事は隠せていない。
「そう。だったら私も一生、独りも身になろうかしら……」
最後にズーザンは捨てせリフも吐き、去って行った。
その後、ユリウスは神学研究をしたり、コーロの家に行き、忙しく働いていたが、ズーザンの事賀頭から離れない。断るのにも、こんなエネルギーを使うとは知らなかった。ズーザンを無闇に傷つけたような気もして後味が悪い。悪人にでもなってしまったような……。
夕方になる頃にはすっかり疲弊していた。今日は比較的仕事量は少なかったはずだが、首や膝も痛く、肩のあたりが重い。精神疲労が肉体にまで影響しているようだ。
「ダメだ、もう疲れたわ……」
ユリウスは疲労で立っていられなくなり、倒れてしまった。周りにいたシスターや修道士達が騒ぐ声も聞こえてきたが、だんだんと遠くなり、意識も完全に途切れてしまった。




