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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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安息日のカモミールティー(1)

 修道士・ユリウスの朝は早い。まだ暗いうちに起きると、祈り、聖典朗読。神学では声に出して読むとより聖霊が動くと言われていたので、ユリウスもそうしていた。


 ユリウスは大柄だ。声も大きい。この修道院がある村では大型犬だとか、忠犬というあだ名も付いていたが気にしない。自分でも犬っぽいなとは思っていたが、他人に何を言われても気にしない。


「主よ。新しい朝をありがとうございます」


 それが終わると、修道院の礼拝堂へ出向き、祈祷を続けた。今日は難しい祈祷文だが、村人や施療院の患者への祈りだ。心を込めて祈る。


 礼拝堂は豪華なステンドグラスや十字架が掲げられ、見た目は派手だ。数年前にこの村に芸術家もいたので、美しい天使像も飾られていた。まあ、少々掃除が手抜きになっていたので天使像にはホコリがかぶっていたが。


 そんな礼拝堂だったが、ユリウスの格好は地味。黒い修道着に栗毛。髪はかなり短めに切り揃えていた。顔つきもさほど派手ではないが、意志の強そうな眉毛がチャームポイント。大きな体つきも相まり、やはり我ながら犬っぽい雰囲気は否めないと思うが。年齢は二十四歳。この修道院では若手だが、今はどんな仕事も文句を言わず、こなしていた。


 こうして一人で祈っていると、ユリウスの力もみなぎってきた。本当に聖霊が動いているのかもしれない。


「愛する主よ、讃美します!」


 気づくと、讃美歌まで歌っていた。まだ礼拝堂は誰もいない。ユリウス一人だけが伸び伸びとしていたが、時間は経つものだ。礼拝堂の大きな窓から朝日が差し込み、新しい朝の時間にかった。今日も快晴。春らしく、住んだ蒼い空が眩しいぐらい。小鳥の囀りも可愛らしい。ますますユリウスは調子に乗りながら讃美歌を歌う。


「ちょ、ユリウス。朝から元気だな。本当に大型犬みたい」


 そこにレーネが入ってくる。レーネもこの修道院のシスターだ。主に薬草の研究をし、施療院で病人の面倒を見ていた。ださいメガネ、真っ白な修道着、猫背のレーネの色気は皆無。その上、喋り方も男っぽいものだから、ユリウスはレーネが女である事を時々忘れそう。


 そんな色気皆無のレーネだったが、常に薬草の匂いを漂わせていた。今日は右手に籠を持ち、その中にハーブもあった。ミントの葉のようだ。すっと爽やかな匂いがユリウスの鼻をくすぐる。


「ミントは本当によく増殖して困ったな。ユリウス、これにお湯を注いでミントティーにでもしたらいい。最近村では風邪も流行っているし、ミントティーでうがいするのもおススメだ」

「あ、ありがとう!」

「ミントは不安な気持ちを抑え、集中力も上げてくれる。それに吐き気を抑えたり、やる気もあげる効能がある」


 ユリウスは早口でミントの効能を語るレーネに引いていた。


 レーネとの付き合いは長い。お互い孤児で修道院で育ったのでもう二十年の付き合いだったが、こうしてヲタクっぽく口調でハーブを語るレーネは浮世離れしすぎるというか。


 とはいえ、ハーブについて語っているレーネは水を得た魚のようだ。自分よりだいぶ小柄なレーネ。なんだかこうしてみると、子供と話しているような気もする。


「ま、確かにいい匂いだな。スッとするし、やる気も出てきた!」

「ミントティーの出涸らしは風呂に入れるといい。こんなスッと冷たそうな匂いだが、風邪予防にもいいから。村で風邪も流行ってるからね、おススメだ。風呂に入れるのはスペアミントの方が合っているが。しかしな……」


 ここでレーネは言葉を切った。黙り込み、顎をこすりながら何か考え込んでいたが。


「なんだよ、レーネ」

「お前にやる気がでるハーブは逆効果だったか? ちゃんと休んでるか。安息日も守ってるか?」


 レーネの指摘にドキリとした。最近は忙しかった。修道院の仕事はもちろん、村人のコーロの世話、近隣からのエクソシスト、他何でも頼まれたら仕事をやっていた。確かに土曜日の安息日も取らず、せかせかと働いていた。


 聖典でも神は安息日に働いていた。だから、特に人助けになる事は積極的に仕事をしていたが、急に自信がなくなってくる。


「主でも復活するのに三日かかった。まあ、これは預言成就の為にわざと三日かけていたという説もあったが。ユリウス、お前は働きすぎてないか。大丈夫?」


 そのレーネの目は優しかった。


 今までは家族のような存在だと思っていた。意外と修道院内は男や女という区分はなく、一つの大きな家みたいな場所。レーネとは付き合いも長いので、余計に家族みたいな存在だが、その目を見ていたらドキリとする。まるで本物の聖女のように優しくて。


「だ、大丈夫さ」


 ユリウスはレーネの前で大袈裟に胸を張る。それにミントの葉の匂いを嗅いでいたら、頭がスッとした。やる気が出ていた。


「今日も一日頑張るぞ!」

「そう。ユリウス、頑張れ」


 もうレーネの目は優しくなかった。少々白けた目でユリウスを見ていた。

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