風邪の噂とエルダーフラワー(3)
村人達の感染症対策は度がすぎていた。村にあるレストランの嫌がらせも相次ぎ、ロミーの悪意のある噂も全く止まらない。おかげで村人達はマスクを外すタイミングをすっかり失っていた。
実際、風邪自体はだいぶ収束していた。風邪を引いているものもごく僅か。村長もマスクを外して良いと宣言していたが、誰も外せない状況が続く。
「はあ、また嫌がらせの手紙が入ってるよ。何なの、これ?」
今朝も学校の下駄箱に変なものが入っていた。「バイキン子、風邪菌を広めるな!」と書かれていたが、無記名だった。
下手糞な手書きの文字だった。クラスメイトの筆跡で思いあたる者がいたが、証拠は何もない。担任のラウラも全くマスクが外せないし、告げ口するのも何も期待できず、ロミーはため息をつく。
「ロミー、また変な手紙?」
「ええ」
「本当に腹たつね!」
ティアナは手紙をくしゃくしゃに丸めていた。よっぽど腹が立っているらしいが。
「でも、この手紙証拠でもあるよ。捨てずにとっておこう」
「そうだけどさー、本当にイライラするよ。みんなの為に感染症対策したいんじゃなくて、それを口実にしてロミーをいじめしたいだけじゃん。何が感染症対策だよ、偽善じゃん」
ティアナの言う事はもっともだった。今の村人は目的と手段を履き違えている状況だ。まるで美味しいハンバーグを食べたいのに、一生懸命、包丁やまな板を探す事に夢中になっているみたい。ハンバーグが食べる事すらすっかり忘れて。
「まあ、本当にこの噂は無くなってくれれば良いけど……」
「大丈夫だよ。何があっても私はロミーの味方よ!」
ティアナの優しさに涙が出そう。こんな状況でも何とか学校に通えたのはティアナのおかげだろう。
しかし、噂はなかなかしつこかった。ある意味風邪よりもしつこい。
隣の奥さんには相変わらずヒソヒソ悪く言われていた。マスクを外していた過去も引き合いに出され、何度も注意された。
ラウラ先生も相変わらず。合唱の練習も「心の中で歌おう」という。一応合唱の練習なのに、生徒達は妙な距離をとり、音楽室は静寂に包まれていた。時々窓の外からカラスの鳴き声が響くが、バカにされているみたい。カァ、カァという鳴き声はロミーの耳には嘲笑いとして響いてしまった。
そんな時だった。ある日曜日、母から市場へ買い物を頼まれて行った帰りだった。
息苦しいマスクをつけ、市場まで野菜を買いに行った。芋や豆も買ったので重かった。春の日差しも強く、歩いているだけでヘトヘトになってしまった。
家の近くのあぜ道まで来た時までは、息が上がってしまうぐらい。早く家に帰って井戸水を汲みたいと考えている時だった。
「え!?」
変な声が出た。畦道ではラウラ先生とその婚約者が歩いていた。仲が良さそうなのは素晴らしい事だ。素直にラウラ先生の婚約を喜びたい。本当に心からそう思いたかったのに。
ラウラ先生は婚約者と腕を組んで歩いていた。その距離はかなり近い。時々熱い視線も交わしていたし、どこからどう見ても濃厚接触している。しかもマスクをしていない。婚約者もマスクをしていなかった。
ラウラ先生は学校では口うるさく感染症対策に取り組んでいた。その事で注意もされたが、真面目な先生だと思えば納得できる事。
それなのに今のラウラ先生はどういう事だろうか。頬も赤らめ、学校での姿と全く違う。
別にラウラ先生は悪い事などしていない。村長もマスクを取って良いと言った。それなのに、裏切られた気分だ。学校でのラウラ先生は何?
「もしかして感染症対策って、ポーズ? やってる雰囲気だけ作っておけばいいって事?」
そう思うと、今だに村人がマスクを外せない理由やロミーへの噂話が消えない理由も腑に落ちた。目的なんてどうでも良く、手段自体に意味を持たせている。だから村人はストレスも溜まり、その捌け口・スケープゴートを探していたという訳か。
そう思うと、ますます噂は長引きそうだ。
「大人って汚いじゃん……」
ロミーの小さな独り言が響く。
また、空のカラスが鳴いていた。カァ、カァ、カァ……。
馬鹿にされているようにしか聞こえなかった。




