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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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風邪の噂とエルダーフラワー(2)

 嫌な予感は当たるのか。


 数日間、ロミーはうなされていた。隣村に住む医者に診てもらったが、診断名は風邪。単なる風邪だった。


 偶然にもその医者はラウラ先生の婚約者。ロミーがラウラの生徒だと知ると「迷惑かけるなよ」とまで言う始末だった。


 他にもロミーの父や母、兄達もオロオロとし「絶対うつすなよ」と睨まれてしまう。看病もろくにして貰えず、ロミーの風邪は長引いた。


 そんな孤独の中、ティアナだけが味方だ。宿題やプリントを届けてくれた上、マフィンやパンなども持って来てきれた。ティアナの優しさに涙目になりそう。少し前まではベッドの上で独り、しくしくと泣いていたのに。


「ティア、本当にありがとう。私の味方はティアナだけ!」


 わざわざ家に見舞いに来てくれたティアナ。その存在だけで風邪も吹っ飛びそうだったが、彼女は複雑な表情を見せた。本当は笑いたいのに、素直に喜べないような顔……。


「ロミー、聞いて」

「え? どういう事?」

「うちのクラスでロミーの嫌な噂が流れてる。風邪を広げている犯人だって」

「えー?」


 再び風邪のひどい怠さが戻ってきそう。一体どういう事か。ロミーは掛け布団の端をきつく握ってしまう。


「噂よ、噂。証拠がない。だから私もこうしてロミーの所に来ているの」

「でも、だって……」


 さっきとは全く別の意味で涙目になりそうだ。


「みんな疑心暗鬼になってる。怖がっているのよ、この風邪騒動に。誰か一人を悪者にして安心したいんだわ」


 元々気に強いティアナだったが、単にそうでは無いかも。芯が強いと言うか、まっすぐというか、正義感があるというか。ロミーも大人っぽく見える容姿だが、ティアナの中身には負けそうだ。


「いい、ロミー。そんな噂は無視してね。必ず無視するのよ」

「う、うん……」

「それに大人達は当てにならないからね。本当はそこに気をつけて」


 ティアナはそう言って帰っていった。


 一人残されたロミー。そんな噂は気にしないが、嫌な予感はもっと濃くなり、背中も冷えていた。


 だから風邪はもっと長引くかと思ったが、そうでもなかった。医者の薬が効いたのか、ティアナの見舞いがきいたのかは不明だが、その日から熱が下がり、怠さも抜け、普通に風邪は治った。


 もちろん、学校にも復帰。もう学級閉鎖も終わっていた。休んでいるクラスメイトも少なかったが、噂は相変わらず流れてたいた。


 ロミーがこの感染症の元凶。風邪菌をばら撒いているという噂もあり、「バイキン子」と揶揄われる事もあった。いつもは普通のクラスメイトもどこかよそよそしい。ティアナだけが味方だった。それが唯一の救いだったが、担任のラウラからも厳しい事を言われる。


 それは合唱の練習の後だった。今は感染症対策の為、よそよそしい距離をとり、声を出さずの合唱の練習をした。ラウラ先生は「心の中で歌おう!」というポスターを見せてきた。ティアナはあまりもの馬鹿馬鹿しさに合唱の練習をボイコットしてしまう始末だったが。


「ロミー、本当に風邪なんて引いてダメじゃない。ちゃんと手を洗ってなマスクつけてた?」


 こんな言葉でラウラ先生から責めら、ロミーの身体が固まる。


 ラウラ先生は婚約したはずだが、相変わらず厳しい。人間の性格など、そんな婚約ぐらいでは変わらないのだろうか。


「とあるご婦人からタレコミがあったのよ。普段マスクつけていないロミーという子がいるって」

「え、そんな」


 ロミーは身を小さくし、言葉を失っていた。そんな密告みたいな事をされるなんて。まるで戦争中のスパイみたい。


「こんな事言いたくないけど、人が見ていない時もちゃんとマスクをしてね」

「いえ、誰も側にいないんだったら、無意味では?」

「言い訳しない。先生の言う事は守ってね」


 もうロミーは何の反論も出来まかった。もはやマスクの意味など全く無いが、こうして怒られるのが嫌なので無理矢理つけた。


 放課後、学校の帰り道。周囲には誰もいないのにも関わらせ、恐怖心のみが理由でマスクをつけた。馬鹿馬鹿しさに笑えてくるが、まだ村では感染症騒ぎが治っていない。ロミーの悪い噂も全く消えていない。こんなポーズでも、ある程度は必要な気がしていたが。


「おい、君。大丈夫かい?」


 ちょうど修道院の前を通りかかった時だった。とあるシスターに声をかけられた。


 メガネ、小柄で猫背のシスターだった。よく見たら若いシスターで肌艶も良い。話し方も変だったが、このシスターはちょっとした有名人。すぐに誰かわかった。確か薬草研究家のシスターだ。あまりにも薬草の知識で病人の面倒を見ているという。実際その評判も良いので遠くから会いに来る者もいるらしい。名前はレーネ。


 レーネはマスクをしていなかった。微かにラベンダーやカモミールの良い香りも漂い、全く悪い人物には見えないが。


「あなたはマスクしないの?」

「しないよ。別に神様が守ってくれるから、こんな騒ぎは怖くない」

「神様?」


 確かにシスターは神を信仰する者の事ではあったが、特に信仰心にないロミーはピンとこない。


「君も困っているのなら、神様に相談するといいよ」

「困った時の神頼みなんて。私は嫌だなぁ」


 そう言うと、レーネは大笑い。まるで子供みたいに笑っていた。子供のロミーより子供らしい絵笑顔でだった。


「まあ、参考にしてくれよ。あと風邪にはエルダーフラワーのハーブティーがいい」


 レーネは言い残すと、手を振って去っていく。同時にもうハーブの良い匂いはしなくなった。


「何あのシスター。変なシスター……」


 ロミーが家に向かって歩く。この修道院には全く用は無いはずだ。

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