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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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バジルと不器用なお医者さま(5)

 その数日後。


 あれからラウラからも連絡がない。一応親を通して約束を取り付けていたが、音沙汰もなく、デニスの顔は真っ青になっていた。


 原因は自分だが、レーネの話題が引き金になった事は間違いない。レーネに会えばこの問題も解決できると考えた。ちょうど診療所が休みの日の午後、修道院に向かっていた。


 修道院は立ち入り禁止になっている所もあったが、門番に案内され、あっさりとレーネのいる研究所の前へ。


 立派な建物というより小屋のような雰囲気の研究所だった。赤い三角屋根はほのぼの感まで演出しているぐらいだ。玄関の扉には「レーネの薬草研究室」というプレートも掲げられていた。


 研究所の側にはハーブ畑もあった。淡く緑色を見ていると、少し気持ちがホッとした。ハーブの良い匂いも感じられるかもしれないが。


 確かにハーブの効能など医学書には書いていない。大学でもそんな事は習っていないし、医者の試験にもそんなトピックは全く無い。それでも人の心に何か作用するものは確からしい。それはデニスでも素直に認められる事だった。


 そんな事を考えつつも玄関のドアをノックし、レーネから返事があった。


「どうぞ」

「おお、入りますよ」


 デニスは緊張しながら、レーネのいる研究室へ足を踏み入れた。


 思わずデニスは目を見張った。棚には瓶入りにドライハーブ、実験器具、書物がぎっしり。棚に入らない書物は塔のように積み上げられ、足の踏み場もない。レーネがいる机もかなり狭そう。卓の上はカゴに入ったハーブもあり、良い匂いがしていたが。少し刺激的で甘い香り。これはどこかで記憶があった。バジルの匂いだ。


「デニスか。あの医者か。今日の用はなんだい?」


 レーネは狭い研究室に折りたたみテーブルとイスを広げながら言う。これでようやく向き合えてレーネと吸われたわけだが。


「いえ、情けない話なんですが、縁談相手と喧嘩してしまいまして」

「そうか」


 レーネは特に驚かず、ずれているメガネをかけ直していた。


「そうか。そういう事もあるよ。人は完璧でもない。人が思いついた科学もそうかもしれんよ」

「そうかね?」


 それはいまいち納得いかないが、レーネは一旦別室に出ると、洗面桶を抱えて戻ってきた。


 洗面桶からは微かに湯気も出ていた。お湯とともにハーブも浮いていた。匂いからしてバジルだろうか。濃いめも鮮やかな緑で、丸みを帯びた葉だった。ハーブというと弱い、細い、花っぽいイメージもあったが、このバジルの葉は力強い。


「これはバジルだ。バジルはハーブの王様とも呼ばれ、効能は多岐に渡る。免疫、消化促進、抑うつ、殺菌など。あと、集中力もつける。このバジル湯に手をつけて、軽く洗うようにつけてみて」


 レーネは水を得た魚のようにバジルの効能を語っていた。


「は? この洗面桶の中に手を?」

「おお。食べるんじゃないぞ。バジル温浴だ。バジルの匂いと手の血行を良くして、気持ちの切り替えや集中力の向上が期待される」

「まさかー」


 ちょっと小馬鹿にしていた。デニスは見下したように目を細めていたが、バジルの良い香りに負けそう。うっかりとレーネの言う通りにしていた。


 指先が温かいお湯に包まれる。湯気のせいか、バジルの匂いがはっきりと感じられる。それに心地いい。指先だけ風呂に入るなんて。こんなのは医学書には書いてないのに。


 気づくとデニスはさっきとは全く違う表情で目が細くなっていた。目の色も少しクリアになっている。


「どうだい、気持ちいいだろ?」

「確かに。あと、少し頭が切り替わってきたというか……」


 手だけお湯に入れているだけなのに、今までの緊張感、ストレス、イライラなども溶けていく。湯気とともに蒸発していくようなイメージが浮かんでしまう。


「ほら、タオルだぞ」

「あ、レーネ、ありがとう」


 そこから出てタオルで指先を拭いていると、何だか頭もスッキリしてきた。


「まあ、このバジル温浴に科学的エビデンスはない。合わない人にはハーブは逆効果になる事だってある」

「そうか……」


 レーネの口調は冷静だったが、少し寂しそうに眉毛を下げていた。


「そうは言っても一般的には副作用も少ない。最終的に人々が健康になり、幸せになったら良いんじゃないか? だから私は医学も否定しないぞ。結果がそうならば」


 レーネもバジル温浴をしながら言ってた。


 確かにそうかもしれない。結果が同じなら、医学でもハーブでもいいか。でデニスは目から鱗が落ちていた。


 このバジルで健康になるかは不明だ。そんな科学的エビデンスは見つかっていないが。


「そうだな。別に結果が同じなら何でもいいかも」


 デニスは深く頷く。肩の力も抜け、微かに笑っているぐらいだった。


 その後、研究室から出たデニスはライラのいる学校へ直行。ちょうど校門で仕事が終わったラウラを捕まえ、プロポーズした。


「ラウラ、結婚してください!」


 ラウラはびっくりし、倒れそうになっていたが、頭を下げ、前のデートでの失態も謝る。


「やっぱりラウラと一緒に美味しいもの食べたいって思ったんだよ」


 校門でのプロポーズだ。生徒から冷やかされ、校長先生からは白い目だ。全く美しくないプロポーズ。不器用なプロポーズだったが、ラウラは必死に想いを伝えるデニスに腹を抱えて大笑い。


「デニス、面白いわ。こんな変なプロポーズあり? いいわね、結婚しましょうよ」

「やった!」


 デニスは子供に揶揄われながらも、勝利者のように片腕を挙げて見せた。


「そうだな。方法は何でもいいよな」


 デニスはそう言って深く頷き、ラウラと手を繋ぐ。その手にはまだバジルの匂いが残っていた。

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