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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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バジルと不器用なお医者さま(4)

 鉄板の上でハンバーグが焼けていた。ジュウジュと良い音と肉の匂い。それに滴る肉汁と目玉焼きの黄身のトロトロさ。


「美味しそうね」


 ラウラはハンバーグを見ながら興奮していた。すぐにでも食べたい、待ちきれないという顔だった。


 デニスとラウラは村のレストランへ来ていた。山小屋風の店の内装は何とも素朴でカジュアルなレストラン。村人の憩いの場所でもあり、農家や牧畜業の者が仕事帰りに集まっているので、店は混み合い、騒がしい。


 あのエッグハントの宝箱の中身にここのハンバーグ定食のチケットが二枚分入っていた。他にも修道院で作られた野菜、菓子、石鹸、ハーブティーなども沢山詰められ、まさに宝箱。普段冷静なラウラもこれには大喜びだった。


 さっそく二人でこのレストランへ向かい、ハンバーグを食べていた。


 確かにハンバーグはかなり美味しい。中までしっかり火が通り、表面がカリカリしている所も美味しい。そこに目玉焼きのトロトロの黄身、柔らかな白身が混じり合い、見事なハーモニーだった。


 本当に美味しいものを目の前にすると、人は黙ってしまうのだろう。ラウラもデニスも無言でこのハンバーグを楽しんでいた。ハンバーグの肉は村の牧場の牛らしい。隣のテーブルには牧畜関係者が話していたが、そんな話題も全く気にならないほどおいしかった。染み出す肉汁に舌が溶けそう。エッグハント一連の出来事などもすっかり忘れそうだ。


 鉄板の上のハンバーグもなくなり、ライスを食べている時、ようやくラウラもデニスも冷静になり、会話を始めていた。


「ところでラウラ、金色の卵は一体どこにあったんだい?」

「意外なところにあったわ。施療院の玄関にあった。しかもバケツの中」


 ラウラはイタズラが成功した子供のように笑っていた。


「そんな場所……。それは分からないって」

「でしょう。私も偶然見つけたのよ。全くこの修道院の人達もユーモラスねぇ。普通そんな所思いつくかしら」


 目の前にいるラウラの笑顔を見ていたら、エッグハントの事はどうでも良くはなってきた。ポーッとしてしまう。やはりラウラは美しい。集中力もすっかりなくなり、ライラを見つめてしまう。


「デニス、何を見ているの? 大丈夫? ぼーっとしてない? エッグハント中に具合悪くなったそうじゃない。本当に大丈夫? 頭おかしくなってない?」


 ラウラに心配までされてしまった。デニスは誤魔化すように咳払いし、奥歯を噛み締め、笑うのを堪えた。


 やはり自分は男だ。しかもみんなから好かれるお医者さま。縁談相手の顔を見ながら「美人だなぁー」なんて思っている事はバレたくない。デニスはわざと真面目な表情を作り、鉄板に残ったハンバーグやパンを食べ尽くした。


「いや、大丈夫だよ。僕は医者だし。自分の体調ぐらいは自分で整えられるから」

「本当? 『医者の不養生』っていう言葉もあるけどね」

「へえ」

「あの修道院のレーネというシスターに教えて貰った事があるわ」


 なぜラウラとの夕食中にレーネの名前を聞かなければならないのか。ハーブで体調を治そうとしているシスターなんて医者の敵だ。非科学的な事は信じない。


「どうしたの? レーネと何かあった?」

「いや、僕もあの人に会ったことあるけど、ちょっとね。そんな非科学的なハーブで身体の調子が良くなったりするかい? 僕は信用ならないんだが」

「へ、へえ……」


 てっきりラウラには賛同して貰えると思ったが、そうでもなかった。ラウラは軽く眉間に皺をよせ、残りのハンバーグを黙々と食べていた。


 さっきとは別の意味での沈黙。この沈黙は自分のせいだろうか。デニスは首を傾げるが、若い頃から勉強漬けで医学者をバイブル代わりに脇目もふらずに医者を目指していた。ライラが無言になった原因を察しかねていた。


「いや、やっぱり医学だよ。ハーブなんて何の力もないと僕は思う。まあ、あのレーネっていうシスターもオママゴトで薬草研究なんてしているんだろうね」

「それ以上レーネを悪く言うの辞めてくれない?」

「は?」


 気づくと目の前にいるラウラの目は怒りに燃えていた。


「私も最近レーネのハーブティー飲んで調子良くなってるし。そんな医学って絶対的な神なの?」

「そ、それは……」


 まさかラウラとレーネは親しかったのだろうか。そこまで全く頭が回っていなかった。デニスはタジタジになり、何も言えなくなっていたが。


「そんな人を悪く言う人だと思わなかったよ。確かに私だって人を悪く言う時もあるけど、縁談相手に話す事かしら。一緒に悪口で盛り上がれる相手だと思ったの? 失礼ね」


 ラウラは怒っているというより、軽蔑し始めていた。


「いえ、僕はそんなつもりじゃなくてさ。いや、違うんだって」


 慌てて訂正しようとしたが、後の祭りだった。何を言ってもラウラに聞き入れてくれず、謝罪の言葉も上手く表現できなかった。デニスは自分の事はバカじゃないと思っていたが、今の状況は限りなく悪手。不器用だとも言っていい。


「じゃあね、デニス。お代はこれで」


 しかもラウラはハンバーグ代を現金で置いて帰ってしまった。一人分の現金だったが……。


「やっちまったよ。ああ、どうしよう」


 一人残されたデニスは頭を抱えていた。これはプロポーズどころではない。むしろ、縁談もなかった事にされても仕方ないだろう。


 今はレーネのせいにする気はなかった。これは全部自分の失態だった。


「ああ、困ったね……」


 情けなく呟いていた。


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