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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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バジルと不器用なお医者さま(3)

 目が覚めると、どこかのベッドの上のようだった。


 デニスの診療所に似てるが、二つ違うところがあった。一つは本棚にある書物が薬草やハーブ関係のものが多い事。一応医学書もポツポツと置いてはあったが。


 もう一つは微かにハーブの香りがする事。デニスはお茶だけでなく、食にも酒にも興味がない。柑橘系か花のような匂いだが、どのハーブの香りかはわからない。机の上は花瓶もあり、タイムの花も飾られていたが、この匂いだろうか。


 そんなデニスだったが、タイムだけは知っている。勇気を象徴するハーブだ。父も母にプロポーズする時、このハーブを送ったと聞いていた。縁起担ぎとしてデニスもラウラにタイムの花を送った事があった。あの時のラウラの笑顔を想像すると、ちょっと笑ってしまいそうだが、少し吐き気もした。


 直前までの事を思い出す。確かエッグハント中だった。金色の卵を探す為、道に迷い、倒れた事は思い出したが、一体ここはどこだ?


 上半身だけベッドから起き上がり、窓の外を見てみる。修道院のレンガの壁が見えた。それにハーブ畑、牧場も見える。おそらく倒れてここに運び込まれた。ここも修道院の医療施設、施療院だろう。ここはデニスの診療所と作りがそっくりで、それ以外考えられなかった。


「目覚めたかい?」


 ちょうど納得しかけた時、ここにシスターが入ってきた。


 小柄のシスターだった。ださい眼鏡に猫背。どう見ても美人じゃない。白い修道着姿は似合ってはいたが、色気は皆無だ。年齢は二十歳そこそこだろうが、快活さも皆無で話し方も男っぽい。


 名前はレーネという。その名前を聞いてピンときた。村でも噂をされている薬草研究家の聖女。あまり会いたくはない。医者の敵ではないか。医学を無視して薬草で何とかしようとしているなんてデニスからしたら、全く信じられない。異端だ。


 レーネはそんなデニスの気持ちも全く伝わっていないようだ。勝手にデニスの目や顔色などを観察していた。


「最近寝ているかい?」

「朝六時に起きて、夜の十時には寝ます」

「仕事のストレスは?」

「特にないですね。僕は医者だが、最近は村人も健康な人が多い」

「私生活で変わった事は?」


 案外レーネは機械的に最近の生活習慣を質問してきた。まるで医者の真似事のようで笑えてきた。こんな素人が何ができるのか。デニスは人畜無害そうなルックスではあったが、医者としてプライドが高かった。王都の医学生として学んでいた時も常に成績がトップだった。村で診療所を開くといったら、教授や先輩にも引き止められたぐらいだ。


「ふーん。医者の真似事か」

「真似じゃないぞ。そもそもお前さん達の診療代も薬代も高い。貧乏人やホームレスはどうやって医療に受ければいいのかね?」


 そこを突かれると痛い。デニスは黙る。確かに村での診療代も薬代も安くはなかった。これでもギリギリの値段設定だったが、デニスは元々金持ちの子息だ。金銭感覚が疎いという欠点はある。


「まあ、そんな事はいいさ。何か変わった事は?」

「最近縁談があった。結婚しようと思う。それだけだよ」

「ああ、なるほど」


 レーネはなぜか深く頷き、一旦別室へ。その後、お盆を抱えて戻ってきた。


 盆の上にはガラスポットに入ったハーブティー。淡いグリーンの色合いで、少々刺激的な香りがした。


「これはバジルのハーブティーだ。王様の薬草ともう呼ばれ、数々の伝説も残ってる。かくいう我々が信仰する神が十字架上で殺され、復活した時、その側で生えていたという伝説も。微かに刺激的だが、甘みもあるな。あぁ、いい匂い」


 レーネはハーブティーがよっぽど好きなのか。目を細めていた。ヲタクらしくバジルの蘊蓄を語ると、こガラスコップに注ぎ、一杯差し出してきた。


「消化不良はもちろん、集中力を上げるのにも良いハーブだ。恋煩いで落ち込んだ時は、これを飲むがいい」

「は? 恋煩い?」

「そう。体調が悪い原因は恋だろう。精神的なものだ。おそらく初めての恋ではないか?」


 その通りだった。初めての恋というのもなぜわかったのだろう。


 図星でも嬉しくない。むしろ、小馬鹿にされている気がする。医者としてのプライドもある。こんな薬草で治るとか信じられない。信じたくない。


「そんなのは民間療法だろう。科学的な証拠はないし。医学書に書いてある?」


 デニスはわざと顎をあげ、偉そうに目を細めた。


「薬草で治るわけがない」

「そう思えばそうなるよ。人間の身体っていうのは思いや言葉にも影響されるから」

「だから科学的根拠は?」

「ない」


 レーネはあっさりと認めた。逆にデニスがイラッとするぐらい。さらにデニスは目を細め、レーネを見た。


「こんなハーブは飲まないよ。僕は医者だし。医学書を読んで治すから、いい」

「そう、じゃあ、頑張ってな。私は美味しいハーブティーを飲むぞ」


 論破しようと思ったが、レーネは涼しい顔でバジルのハーブティーを啜っていた。


「美味しいわー。集中力もつきそう」


 満足そうなレーネ。さらにデニスはイライラとしてきたが、これ以上言い返すのも無駄だと悟った。


 少し休み身体の調子も戻った。デニスはハーブティーを啜っているレーネを無視し、修道院から出たが。


「やった! デニス! 私が金の卵を発見したのよ!」


 大きな宝箱を抱えたラウラに出迎えられた。


 前とは全く別の意味でデニスの頬が引き攣っていた。


「あ、でも。デニスが金の卵見つけるって言ってたのに。何か悪かったかしら?」


 これでデニスのプライドが崩れた。いい格好したかったのに失敗。当然、この流れでプロポーズする展開も消えてしまった。

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