バジルと不器用なお医者さま(2)
今日はマンナ村で春の復活祭りが開催されていた。デニスはこのチャンスを利用しようと思い、ラウラを誘っていた。
マンナ村の広場にはパン、菓子、果実、肉の屋台も連なり、特設ステージでは修道院のシスターたちがゴスペルや紙芝居などを披露し、かなり賑やかだ。マンナ村での春祭りはこれで二回目らしいが、復活祭りは元々宗教行事でもある為、修道院の者たちが主だって開催しているようだ。修道院の中の畑や牧場も一般公開され、エッグハントなども行われているらしい。
広場の入り口で待っていると、ラウラが手を振りながら走ってきた。
今日は紺色っぽいワンピースにサンダル、髪は一つに纏めていた。縁談の時の服装よりカジュアルだったが、相変わらず美人だ。デニスはラウラの姿を見つつ、顔がにやけないよう我慢していた。時々、口の中も噛み、迂闊に笑わないようにしていた。
「うん? デニス、どうしましたか? 今は春ですけど、暑いですか?」
「い、いえいえ。そんな事はありませんよ」
「へえ……」
ラウラが美しすぎて嬉しいなんて口が裂けても言えない。デニスはわざと真顔を作り、ラウラと一緒に広場の屋台を巡り始めた。
屋台には出来上がったばかりの揚げパンやパイなどの良い匂いが。肉を焼いている屋台みあるので、匂いを嗅ぐだけで二人の緊張も溶けていく。屋台フードを楽しみながら、広場をゆっくりと歩く。
「ところでデニス。今日はお休みですか? というか、こんな遊んでいて大丈夫?」
「それは大丈夫さ。最近、患者さんの健康状態が良くてね。予約も何も入ってないから」
「だったらいいけど。でも大丈夫? 顔赤くない? ちょっとオレンジ色っぽくなってるけど、ストレスでもある?」
ラウラは意外と鋭いらしい。デニスの頬が赤くなり、様子が違う事を見抜いてきた。もっともこれはライラと一緒にデートをしているせいだとは、口が裂けても言えないが。
「いえ、そんな事はありませんよ。あ、あのお店の揚げパンを食べましょう!」
「本当に大丈夫?」
ラウラはデニスの様子にいつまでも歌がっておたが、屋台の列に並び、出来立ての揚げパンを食べていたら、そんな事はすっかり忘れてしまった。
「この揚げパン美味しい!」
ラウラも頬を赤くしながら揚げパンを楽しんでいた。笑顔のラウラを見ているだけで、また笑いそうになってきたが、再び口の中を噛み、我慢。
「ラウラ、修道院の方ではエッグハントやってるって。金色の卵を見つけたら、宝箱が貰えるらしいよ」
揚げパンを食べ終わると、エッグハントイベントのチラシをもらった。ちょうど今の時間からエッグハントが始まるようで、賞品も気になるところだ。他の客達も続々と修道院の方へ移動していた。
「本当? 宝箱って何が入っているの?」
「さあ、わからないよ。でも、僕らが金色の卵を探し出せれば、わかる事だ」
「あなた、探せるの?」
ラウラはキラキラした目でデニスを見てきた。これは頼られていると判断して良いのだろうか。
「え、ああ。必ず金色の卵を見つけ出すから」
口からうっかり出た言葉。この言葉はハードルを上げ、自分の首を絞めている事に気づくが、もう遅い。
「本当? やっぱりデニスはすごいわ。是非、金色の卵を見つけ出してちょうだい!」
ラウラからも期待され、後に引けなくなってしまった。
デニスの口元が引き攣る。これは笑いを堪えているせいではない。
「そ、そうだね。金色の卵を見つけ出す、よ……」
語尾は力無くなってしまうが、もう後には引けなくなってしまった。ここは何としても金色の卵を見つけ出さないと。
デニスはわざとらしく胸を張り、ラウラと一緒の修道院の方に向かう。入り口で受付を済ませ、地図をもらう。もう何人も村人達が集まり、中には虫眼鏡や望遠鏡を持参する者もいて、デニスの胃が痛んできた。
「では、これからエッグハントを始めます! 金色の卵を見つけた人が一等です。他のピンク、オレンジ、イエローの卵を見つけたら参加賞とし、焼き菓子のプレゼントがありますよ。制限時間は今から一時間です。さあ、皆さん、頑張って!」
修道院の神父からのルール説明が終わった後、村人達は修道院の畑、牧場などに散っていくが。
「この修道院、想像以上に広いぞ……」
デニスは地図を見ながら、立ち入り禁止意外の道を歩くが、普段の運動不足がたたったのだろうか。
歩いていると、息があがり、頬も暑い。春とはいえ、今日は日差しが強く、肌も痛くなってきた。
その上、ラウラや村人ともはぐれ、誰もいない空き地の方へ迷い込んでしまう。
「いや、ここどこだよ?」
当然、金の卵など見つけられず、吐き気もしてきた。
「は? ここどこだ? 地図と合ってないじゃんか……」
そう呟くのが限界だった。さらに春の日差しに気分が悪くなり、デニスはその場に倒れてしまった。
ラウラに良い格好をしたかった。もしかしたら、その流れでかっこいいプロポーズも出来たかもしれないが、それは夢と化してしまった。
「あぁ。金の卵などどこにあるんだ?」
そう叫んだと同時、意識も手放してしまっていた。




