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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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優等生のタイムウォーター(5)

「レーネ、ごめんなさい。私が悪かった。このハーブティーを盗んだんです」


 ラウラはそう言葉にすると、頭を下げた。


 修道院内にあるレーネの研究室は、オレンジ色の光が差し込んでいた。


 この研究室はごちゃごちゃとし、綺麗な場所ではない。棚にはドラマハーブのビンが並び、実験器具や書物も乱雑に押し込まれていた。棚に入らない書物は床に積み上がり、小さな塔がいくつもできている。


 ベンダーやカモミール、バジル混じったようないい匂いも漂う。そのお陰で汚い部屋でもそこまで不快には感じないが、文句など言えない。圧倒的にこの件は自分が悪い。優等生の仮面がずれ落ちそうだ。ラウラの中身はさほど優等生なんかでは無かったのかもしれない。


「そうか、まあ。落ち着こう。座ろう。今、美味しいハーブを出してやるから」


 レーネは怒りも驚きもしなかった。むしろ平然とした顔で折りたたみのミニテーブルと椅子を広げ、ライラをそこに座らせた。


 研究室の狭いスペースに広げたので、ラウラが座るといっぱいだ。少し窮屈なぐらいだったが、レーネは研究室を一旦出ると、隣にある施療院の方からガラスのピッチャーとグラスを持ってきた。


 中身は見た目も綺麗なハーブウォーター。スライスされたキュウリ、イチゴも入り、目が奪われてしまう。イチゴの赤とキュウリの緑が何とも華やか。


「レーネ、これは何?」


 ハーブは熱いお茶にするのが一番だと思っていた。こんな風にウォーターにするのは、珍しい。ラウラはこのハーブウォーターに好奇心が奪われ、目に光がも戻っていた。


「これはタイムウォーターだね。イチゴやキュウリも入れて身体のむくみ出し、抗菌や美白効果を狙った。いわば身体の毒出し水さ」


 レーネに差し出され、一杯飲んでもた。タイムの刺激が強い味にイチゴやキュウリが入り、だいぶ飲みやすい。見た目も鮮やかなタイムウォーターだ。


「レーネ、あんまり驚かないね。私がこんなハーブティー盗んだのに」


 改めて頭を下げ、レーネにハーブティーを返した。


「いや、何となく知ってた。どうだ、何かあったんか?」


 そう尋ねるレーネの声は優しく、ラウラの目が潤んでいた。なぜだろう。このタイムウォーターが想像以上に美味しかったからかもしれない。


「実は突然縁談の話があって。でも結婚するのが正解かわからなくなった。どれが正解かわからな口なったというか。迷子になったというか」


 ラウラの声は震えていた。表情は冷静。いつものように優等生らしい表情を作っていたが、どうしても隠せないものがある。


「自分の今までの生き方は、ちゃんと正解を選んできたつもり。それなのに、突然違う答えがあったと示されて、なんか……。ごめんなさい、そんなこと考えていたら魔がさしちゃった」

「そうか。まあ、人間だ。そういう時もあるよ」


 レーネは全く怒らず、責めもしなかった。一緒にタイムウォーターを啜り、話も聞いてくれた。


 タイムのすっと芯の強そうな匂いもを感じていると、あまり嘘も言えない。ついついラウラは今までの事を話してしまった。


「まあ、ラウラは万引きぐらいしてよかったと思う。一度ぐらい失敗した方がいい」

「え、失敗?」


 思わずレーネの言う事を繰り返してしまう。


「全部正解を選ぶなんて無理だよ、人生。私だって新しいハーブティーを作る時は何度も間違える。もしかしたら、ハーブティーにも正解はないかも?」


 意外だ。ヲタクっぽく、どこか強そうなレーネだったが、今が普通の女性見えてきた。


 みんなそうなのかもしれない。どんな女性も選択に悩み、時には失敗し、手探りしながら生きてる。答えはわからない。あったとしても、簡単には見つけられないのかもしれない。


「そうだね。私も失敗してみるかな」


 今まで正解にこだわっていたのも、失敗するのが怖かっただけかもしれない。


「そうだ。挑戦して失敗しないと見えてこない景色もある。経験値ってやつだ」

「そうね……」


 あの縁談も軽い気持ちで進めても良いかもしれない。別に失敗しても、間違っていてもいいか。レーネと話しながら、肩の力も抜けてきた。同時に失敗する勇気も出てくる。


「このタイムというハーブは、勇気と品位の象徴でもあるんだ。戦場に行く恋人にタイムを送ったりね」

「へえ」

「殺菌作用もある。紫色の可愛い花も咲く。強いハーブだよ。ラウラの勇気も出てきたかね?」


 レーネはいつもより早口にタイムの蘊蓄を語る。水を得た魚のよう。よっぽどハーブが好きでたまらないのだろう。


 そんなレーネを見ていたら、ますます肩の力が抜ける。唐辛子みたな心が溶けていくような。このタイムウォーターは心の毒も出してくれたみたい。


 後日、縁談相手のデニスと会う事にした。今度はタイムの花束を貰ってしまった。デニスの顔は真っ赤。今日、こんな風に二人で会う約束する事も勇気が必要だったと話していた。


 タイムの芯の強い匂いを感じながら思う。自分も勇気が欲しい。


「ありがとう、デニス。ねえ、私はあなたの事をもっと知りたい。だから、色々教えて。また会う約束していい?」


 失敗してもいい。正解じゃなくてもいい。答えが見つからなきてもいい。そう思うと、今はもう迷子じゃない。


 笑顔でデニスから貰ったタイムを見つめていた。


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